「毎年、あの事件が起きた日が近づくと胸がザワザワするの」
「そりゃ記念日反応だな」
「ナニソレ・・・記念日なわけないじゃん。最悪」
「いや、そういう記念日じゃなくてな。そういう専門用語があるってだけで」
「あたしには専門用語とかどうでもいいし。記念日とかありえないし」
「命日反応とも言うぞ」
「あたしは死んでねーよ、クソジジイ」かうんさるーから一言
「記念日反応という非道い専門用語は変えたほうがいい」記念日反応は、PTSDに特徴的に見られる反応で、毎年、心的外傷(トラウマ)を負うほどの被害に遭った日付が近づくにつれて、心身の状態が悪化していく状態のことを言うんだ。親しい人が亡くなっている場合には、命日反応という言い方がされることが多いかもしれないね。症状としては、眠れない、気分が落ち込む等に限らず、「よくわからないけど不調」みたいなことも多くて、カウンセリング中には「(胸が)ザワザワする」と表現されたりするね。原因がわからないから落ち着かなくて不安になるらしい。なので、「これは記念日反応って言うのか」と知ると、少なくとも心的外傷が症状の原因だとわかるので、辛いけど少しはホッとする。
記念日反応は、基本的には「月日」に対する反応が主で、1年に1回そういう時期があるということなんだけど、しかし、臨床的には「日付」のみに対して小規模で頻回な記念日反応が起きているようなケースもあるよ。つまり、毎月同じ日に、1年に12回も具合が悪くなるという方がいるというのが実態なんだ。記憶というのは、日付にくっついてしまうものなんだね。
さて、記念日反応はanniversary reactionの和訳なわけだけど、果たしてその表現が適切なのか疑問だよ。トラウマになるくらいの出来事が起きた日をアニバーサリーとか記念日とかってどうして言えるかな。当事者にしてみたら、記念日どころか「忌念日」というニュアンスのほうがしっくりくるもんだよ(そういう言葉はないけど、一周忌とか三回忌とかの「忌む日」という意味で)。そういう意味では、命日反応というほうがまだマシだとは思う。
例えば、東日本大震災では3月11日、阪神淡路大震災では1月17日が、多くの方の記念日反応/命日反応を引き起こすことになる。被災者、特に遺族にとっては故人を忘れてはいけない日であり、紛れもなく命日だから、命日反応と言ったほうがいいだろうね。でも、例えばレイプされた女性にとって、記念日反応/命日反応という言葉はどんな響きで聞こえるだろうか。記念日は論外だよね。じゃあ命日かと言われると、誰も死んでないからなんだか違和感がある(※ただし、「レイプされる以前の汚れていない私は死んだ」と感じている女性は多く、命日反応という言葉がしっくりくる女性もいる。でも、だからこそ、ボクは被害女性に対して、命日反応という言葉を使いたくないと思っているよ。辛くてもその人は生きているし、「以前の自分は死んでしまった」と感じたままでいてもらいたくないから。もちろん、そう感じてしまっていること自体を否定する気はないけれど)。
そもそも、なんでこんな名称になっているかというと、実は、辞書的な「記念」という言葉には、明るく楽しいというニュアンスはそれほど含まれていないからだろうね。一般的には記念イコールお祝い事という感じになっているけど、本来、記念というのは「忘れずに記す」という意味が強く、「祝う」というニュアンスを持つとは限らないんだ。「記念碑」という使われ方があると言えばわかるかな。だから、ここまで言っておいてなんだけど、あながち記念日反応という用語は間違いというわけではない。
間違いではないんだけど、でも、たかが表現、されど表現。
心に関連する診断名や用語は、当事者や関係者に配慮された言葉に変えられるような時代の流れにあって、例えば「精神分裂病」は「統合失調症」に変えられたし、「障害」は「障碍」あるいは「障がい」に、「自殺」は「自死」に、「人格障害」は「パーソナリティ障害」といったように変えられようとしているんだ。だから、記念日反応/命日反応も名称を変えたらいいと思うんだよね。反復性外傷日反応とかどうだろう。うーん、センスないかな。
「心理学の教科書に書いてある」、あるいは「そう教えられた」というだけで疑問を持たず、クライエントの気持ちに思いを馳せずに「記念日反応」と言ってしまうようなカウンセラーにはなりたくない。これからも気をつけて言葉を使っていこうっと。




【名称】かうんさるー
【名称】なや美
【名称】ぶるどくたー
【名称】かんごるー
【名称】ギャル=アン=グレイ
