リストカット

n1.png「見てー、切っちゃった」

k1.png「あらあら、痛そうね。絆創膏貼りましょう」

n1.png「残念ながら死ねなかったよ」

b2.PNG「ばかたれ!命を粗末にするんじゃない!」

n1.png「あたしなんていなくなったほうがいいと思わない?」

c1.png「思わないよ。こうしてなや美ちゃんが死なずに来てくれてよかったと思っているよ」

n1.png「こんな醜いあたしでも、そういってもらえると少しは救われるな」


かうんさるーから一言
c3.png「自傷行為は『見て見ぬ振りができない』ということに難しさがあるね」

ここでは私見を述べるよ。学術的知見ではなく臨床的知見だからね、単なるサルの戯言と思ってくれてもいいよ。当てはまる人も当てはまらない人もいると思っておいて。だけどね、エビデンス(証拠)のあることだけでは臨床の現場はこなせないもんなんだ。
自傷行為は様々な捉え方ができるよ。以下に、いくつか思い当たることを書いておいたから参考にしてほしいんだけど、どの角度から考えてもやっぱりとても葛藤的だよね。

分裂した自己を同時に体験
@傷つける自分(加害)
A傷つけられる自分(被害)

攻撃性の方向
@自責…自分は傷ついて当然だ、あるいは他人より先に自分で傷つけないといけない。
A他責…自分が傷つくのは他人のせいだ。

切り方の質
@刻印…複雑な精神的苦痛を比較的シンプルで堪え易い身体的苦痛に置き換え、顕在化させる。
A切断…痛覚さえ麻痺するほどのトランス状態に入り(解離)、精神的苦痛を自分から切り離し、潜在化させる。

悪循環
@ストレス⇒自傷…私は醜いあるいは汚いから傷つくべき。
A自傷⇒ストレス…傷ついているから私は醜いあるいは汚い。

葛藤
@他人に心配してもらえて嬉しい⇒「価値のある私」
A他人に心配させて申し訳ない⇒「価値のない私」

傷の隠し方
@全体(長袖を着る)…傷自体に気づかれたくない。
A部分(リストバンド・包帯)…傷ついていることには気づいてほしい。

帰属意識
@孤独感…私は普通の人と違う。
A仲間意識…私と同じように自傷行為をしている人達がいる。


自傷行為をやめる決意の仕方一案
・私の心の傷は身体の傷に置き替えても癒えることはない
・私の罪は私が傷ついても償えない
・私の身体を傷つけても私以外は傷つかない
・私の身体は私だけのもの(だけど)
・私の命とはいえ私が殺していいものではない
この記事へのコメント
私の先輩に
リスカをしている人がいます

その人は私の相談に乗ってくれる
優しい人です。

でもそれは偽造の自分で
本当はもっと弱い。

生きているのが辛くて自殺しようと
腕や足の血管を切った事もあります。

そのときは心配してくれた人がいて
嬉しかったんですって。

でも最近は
自分のせいで他人が傷付くのが嫌で
こんな自分死んだほうがまし。とか
生きてても意味がないって。。
今は死にたくて仕方ないって・・

私は一生懸命励ましてるんですけど
全てマイナスな応えがかえってきて・・

どうしたらいいんでしょうか・・
Posted by みー at 2011年11月27日 18:28
他人を傷つけてしまうのが怖くて、
他人に傷つけられることも怖くて、
自分を傷つけるしか手段がなくて。

それでも、生きていてくださいと、
誰か一人にでも言ってもらえれば、
どうにか、死なないだけはできる。

大変ですが励まし続けてください。
先輩にとってみーさんは必要です。
Posted by モンキークリニック所長 at 2011年12月05日 00:05

私はリスカーです

やめたいです
けど
やめられません

いじめられてるとか
そうゆうのじゃなく
小さい事でも失敗したり嫌な事があると
一人になったとき
それを広げて
どんどんマイナスに考えて
辛くなって
みんな消えちゃえばいい
って思います
けど
大勢の人がいなくなるくらいなら
自分がいなくなった方がいい
って思っていました

今はやめたいと思っていて
信頼してる人に相談もしてます

けどほとんどの人がやめろって言うんです

やめろって言われると
余計に辛くなる

やめろって言われて
しちゃったとき
余計に自分を責めてしまう

こんな風に
相談してる人が悪いみたいに言う自分も
嫌で仕方がない

その前に
相談してるくせして
何も変わらない
変わろうとしていない自分が嫌


頼りたい人がいるけど
どうせ変わらないし
もしかしたら
迷惑って思ってるかもしれない

そう思うと
誰も頼れないし
もっと辛い


Posted by ゆう at 2011年12月26日 13:58
書き込みありがとうございます。やめられるものならやめてますよね。
ただ、リストカットは、一般の方にいくら相談しても、複雑な心理状態すぎるので理解してもらえることはほとんど無いと考えておいたほうがよいと思います。相談した方もされた方も、双方が傷つく結果になりがちです。
精神科に行ってさえも、リストカットにまつわる心理状態を“理解”はしてもらえない場合が多いようです。医師からもやめろと言われるだけかもしれません。
なので、カウンセリングに通うことを検討してください。臨床心理士以外に、“リストカットに関してちゃんと話ができる人”は今のところいないと思います。
Posted by モンキークリニック所長 at 2012年01月07日 22:53
いけないと思っていても発作的に止められないときがあります。
でも、意識してやろうと思うときもあります。
どちらも本当の自分自身のはずなのに、反している行動のように思えます。なぜ終りがこないのでしょうか。哀しいです。
Posted by ななみ at 2012年07月27日 16:37
リストカットを依存症の一つとして捉える専門家がいます。終わりがこないのは、リストカット依存症と言える状態だからなのかもしれません。
アルコール依存症患者が、飲んじゃいけないと思っていても止められない時もあれば、ええい、飲んでしまえと思う時もあるのと同じでしょう。
そう考えれば、切りたくて切る時と、切りたくないのに切る時があることは、相反している行動というより、依存症患者の行動として一貫していると言えそうです。
Posted by モンキークリニック所長 at 2012年08月05日 00:27
10年以上前からパニック障害を患っております。一昨年の10月に派遣切りにあい、職を失って、自分なりに探したのですが、仕事が決まらず、去年の10月から生活保護のお世話になっております。生活保護の生活に入る前にODとリスカが始まりました。
元々、パチンコ依存症もあって、お金の面でも困っていました。
生活保護が受けられると分かってからは、一時落ち着いたのですが、またリスカが始まっています。
10年以上診て頂いている主治医がいますが、リスカ(アムカ)については、切らないでとというだけで、なんの対応もありません。
ODはさすがに怒られましたが…。
色々調べたのですが、私は境界性パーソナリティー障害も患っているのでしょうか?
今の主治医は、不安障害と行っていますが、今までリスカなどした事がなく、とまどっております。
薬をきちんと飲んでいますが、止められないです。
眠剤が出ているのですが、また睡眠障害も起きています。
セカンドオピニオンを探した方がいいのでしょうか?
Posted by sumire at 2012年08月06日 03:30
書き込みありがとうございます。
パチンコ依存症、パニック障害、OD、リスカと並ぶと、境界性パーソナリティ障害の可能性が高いと思いがちですが、生育歴を聞かないと判断できそうにありません。
ただ、セカンドオピニオンをとるというのは、望ましいことです。精神科医療の診断名の一致率は現代においてもまだそれほど高いものとは言えません。なので、なおさらセカンドオピニオンはとっておいたほうがいいのです。それを嫌がったり怒ったりするドクターもいるでしょうけれど、むしろ、そんなドクターとはお別れしてしまったほうがいいです。

下記のようなサイトがあります。参考にしてください。
http://www.h5.dion.ne.jp/~life-so/presen/presen.html
Posted by モンキークリニック所長 at 2012年08月13日 04:03
みんな日々の生活で意識してないかも知れないけど、誰にだって、何かしら「頼りにしているもの」があると思うんです。「これがあれば嫌な感覚や感情から離れられる」とか「これがあれば一時的に切り抜けられる」とか「これがあればやっていける」っていう感じのもの。お酒とか、タバコとか、毎週楽しみにしているテレビ番組とか、行きつけのマッサージとかエステとか、大好きな食べ物とか、旅行とか。
切ることにもそういうのと同じ側面があると思うから、切ってしまうことについて「良い・悪い」や「強い・弱い」っていう考え方はふさわしくないような気持ちがするし、だから今まで自分には後悔とか罪悪感みたいな感情もわかなかったんだと思います。

でも、このあいだカウンセラーさんが、「心配」という言葉を使いました。
それが、「切っているあなたが心配」っていうストレートな言い回しじゃなかった。「心配」を私に対して直球で投げてくるのではなく、ただ切るという行為に対して使ったように見えたんだけど、でも私に対する「心配」という思いも伝わってきたというか。ひとつの投げかけの中に絶妙に「心配」という言葉を織り込んで伝えてきてくれたように感じました。すごいなあと思いました。

そのカウンセラーさんは、切ることについて話すときはいつもそういう感じです。
カウンセラーさんと私の中間くらいの位置に落として見せてくれる感じ。切るということについて一緒に見つめながら、目的なく自由に考えていいような感じ。おかげで私は困った気持ちにならないし、少しドキッとはしても不安になることなんてないと思えるし、なんというか嫌な心地にならない。
この記事のコメント欄で所長さんがおっしゃっている、「臨床心理士以外に、“リストカットに関してちゃんと話ができる人”は今のところいないと思います」というのは、こういうことなのかなあと個人的に思います。
冒頭でああいうことを書いたけれど、否定的な意見も知っているから実は後ろめたいし、やめるように持っていかれることが多いから警戒もする。だから話題に出されると内心すごくドキッとして身構えちゃうんですよね。もし誰かが切るということをしていたら、私もカウンセリングをとてもおすすめしたい気持ちです。カウンセリングで得る感覚と、切ることで得る感覚とは、似ているようで違うと実感することもできると思います。

「心配」っていう言葉が効いたのかどうかわからないんですが、その日を境に、切ると後悔みたいな罪悪感みたいな微妙な感情がわくようになりました。
「やめたい」とか「やめよう」とは全然思わなくて、これを手放す気持ちにはなれないからこそ、困ります。カウンセラーさんに対しては「やってくれたな・・・」という感じ。でも「余計なことをしてくれたな」という気持ちではなく、困っているけど驚きと尊敬と感謝も入り混じったような気持ちです。
カウンセリングって、毎回必ず前進するわけじゃないかも知れないけど、毎回何かしら思いもよらない変化がもたらされます。「すごいなあ」の連続です。

Posted by Y at 2014年02月16日 17:31
パーソナリティ障害について検索をかけていたら辿り着きました、初めまして。

早速質問で申し訳ないのですが、傷としては浅い単なる切り傷、頻度も年々減ってはいるものの、10年近くリストカットを続けています。
これは依存になるのでしょうか?
やめようと思っても、気持ちの捌け口が無いと切ってしまいます。

突然で本当に申し訳ありません。
ご回答を頂けたらと思います。
乱文失礼致しました。
Posted by あお at 2014年02月19日 12:30
>Yさん
大変貴重な経験、感覚をうまく言葉にしてくださったなぁと感謝の気持ちで一杯です。
どういうところが貴重かと言うと、カウンセリングで感じるだろう不思議な感覚を絶妙に表現されているところです。「やってくれたな・・・」という言葉が顕著ですね(笑)
言葉を「中間くらいに落とす」というところから、すごく力のあるカウンセラーさんなんだなぁと感じます。私もそうなれるように精進しようと思いました。コメントありがとうございました。

>あおさん
狭い意味での「依存症」ではないですが、「やめたいのにやめられない」、「他に方法がない」という点では、広い意味での「依存」ではあると言えそうです。
依存ですが、多かれ少なかれ人は依存するものを持っていますので、日常生活に支障が出ない程度におさまっているならば、リストカットを無くすという意識ではなくて、他に気持ちの捌け口を探そうという意識を持ち続けることが大切かと思います。
気持ちの捌け口として最も効果的なのはカウンセリングなので、検討してみてください。コメントありがとうございました。
Posted by モンキークリニック所長 at 2014年02月25日 13:36
こんばんは。
突然の事でしたのに、ご回答して頂き有難うございます。
カウンセリングの件は多少考えてみようと思います。
依存するものも別に見出せたらいいのですが・・。
これからも更新を楽しみにしています、マイペースに続けていって下さい。
それでは乱文失礼致しました。
Posted by あお at 2014年02月25日 22:08
所長さん、お返事どうもありがとうございます。嬉しかったです。
「やってくれたな・・・」によくあらわれている?そこですか?(笑)
本当は、「すごいなあ」とか「嬉しかったなあ」っていう感動を自分のカウンセラーさんに感謝の形で伝えたいとたびたび思うのに、いつも言えず、でもここに書けて良かったです。

「リストカットを無くすという意識ではなくて、他に気持ちの捌け口を探そうという意識を持ち続ける」か・・・。切ることを自分にいったん許すというか肯定できると自己嫌悪に陥らなくなるので悪循環にならないのは経験的にわかるのですが。そっかあ・・・「他に気持ちの捌け口を探そうという意識を持ち続ける」も同じくらい大切なんだ・・・。なんだか“未来”とか“変われる”を予感させるというか、抱かせてくれる言葉ですね。「そんなことあり得ない・・・」と諦めていた頃もあるので、自分の変化を実感させてもらえました。
最近の話ですが、やめられなくて落ち込んだとき。根を詰めて考えるよりも、かうんさるーが教えてくれたユーモアの次元へ思考をワープさせたら助かりました。「これは必殺技だ。必殺技って捨てられないよな、しょうがない」とか考えました。ありがとう、かうんさるー。
長々と失礼しました。
所長さんやかうんさるー達にいつも感謝しています。これからも応援しています。
Posted by Y at 2014年03月02日 22:00
>あおさん
ストレスは内側から外側に出す、というイメージが大切です。
【声】話す、歌う、笑う。
【表現】書く、描く。弾く。編む、作る。
【水分】涙を流す、汗をかく。
【息】溜息、深呼吸。

逆に、取り込むものはストレス“発散”にはならず、依存につながりやすいです。例えば、お酒、食べ物、買い物などです。
映画、音楽、読書なども、それを視聴して、泣いたり、笑ったりできればいいですけど、ただ視聴するだけではあまりストレス対処の方法としてはよくありません。
Posted by モンキークリニック所長 at 2014年03月25日 09:31
>Yさん
なるほど、「必殺技」というフレーズはすごくいいですね。気に入っちゃいました^^
あと、必殺技っていきなり出さないものですもんね(笑)どうしようもなくなった時用に、リストカットをとっておけるといいですね。
Posted by モンキークリニック所長 at 2014年03月25日 09:33
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