れた思考

n3.png「ぶるどくたーに『お前は治る気がないよな』って鼻で笑われた

c2.PNG「そう言われたけど、言い返せなかった?」

n1.png「うん、反論して嫌われたらどうしようと思って言えなかった」

c1.png「言い訳したと思われたくなかったんだね」

n1.png「バカにされたままも嫌なんだけどね・・・」

c1.png「見捨てられたくなかったのかな」

n1.png「やられたよ、少しは期待してたのにまんまと裏切られた


かうんさるーから一言
c3.png「されたと思ってることの多くは、実はされていない」

「〜された」という表現は、受動態と言うね。そもそも、被害を受けた時に、受動態は役に立つ表現なんだけど、それが逆転して、受動態で話すクセが身についてしまうと、被害を受けてないものまで被害を受けた気になりやすくなるよ。これを、モンキークリニックでは、認知の歪みの『べき思考』にちなんで、『れた思考』と勝手に命名しようと思う。

『れた思考』は、境界性パーソナリティ障害の人にはかなり多く見られるよ。「あいつにはあれをされた、こいつにはこれをされた。あっちでもこうされた・・・だから、自分ではもうどうしていいかわからない」と話す彼らは、自分がどんなひどい扱いをされたか、という被害意識の塊のようなものを持っている場合が多いからね。そこから受動態で話すクセがついてしまっている気がするよ。

さて、次の文章を比較してみよう。

A)「私は彼に笑われた」
B)「彼は私を笑った」

この2つは、同じ出来事を別の言い方で表現しているんだけど、Aは私が主語で、Bは彼が主語。主語が違うから、Aは彼に笑われた「私の話」であり、Bは私を笑った「彼の話」になるという違いがあるね。わかるかな、Aの方が被害的に聞こえるはず。

Aの話し方ばかりする人は、受動態で被害の話、つまり愚痴、不満、文句が多くて、すぐに「傷ついた」という感覚になりやすいんだよ。そして、Aの話は「私」が主語なので、いつも自分の話ばかりすることになる。自分のことばかり、それもネガティブな内容ばかりじゃ、コミュニケーションがうまくいくはずないよね。

とくに境界性パーソナリティ障害の人は、自分で自分のことが定められないので、相手にされた行為から自分とはどんな存在なのかを見出そうとしがち。人から大切にされた、求められた経験が実感として少ないから、人から大事に思われたい、認められたいという思いが強い。だから、相手の言動を自分と結びつけることが多くなり、必然的に受動態も多くなって被害体験も増える。Aの「彼に笑われた私」という意識から、「私は、人から笑われちゃうような恥ずかしい人間なんだ」とマイナスの自己イメージを作り上げていってしまうことがよくあるんだ。

でも、Bの方で考えれば「彼が、人のことをバカにして笑うような人間」とも言える。そう考えれば、自分は別に恥ずかしい人間じゃないし、彼の方がどちらかと言えば恥ずかしい人間だよね。たまにはそんな風に思えるように、傷つきすぎない意識を身につけるために、自分が何をされたという言い方から、相手が何をしたかという言い方に変える練習をしていこう。これは、自他の区別がつけられるようになる練習の第一歩でもあるよ。ポイントは、「〜しやがった」という風に変えたり、「うわ」とか「へぇ」とか軽く驚く感じかな。

自分が主語 → 相手が主語
・「やられた」 → 「やりやがった」
・「言われた」 → 「へぇ、そういうこと言っちゃうんだ」
・「思われた」 → 「きっと、そう思ってんだろうな」
・「見られた」 → 「見たな」
・「聞かれた」 → 「聞いたか」
・「怒られた」 → 「うわ、そこで怒るか」
・「疑われた」 → 「それ疑うのか」
・「無視された」 → 「無視しやがった」
・「拒否された」 → 「拒否するのか」
・「笑われた」 → 「笑いたければ笑え」
・「フラれた」 → 「フリやがった」
・「嫌われた」 → 「嫌いなんだなぁ」
・「バカにされた」 → 「うわ、バカにしやがった」
・「スルーされた」 → 「スルーとかするんだ」
・「裏切られた」 → 「裏切りやがった」
・「見捨てられた」 → 「見捨てやがった」

みたいな感じで言い換えられるといいね。相手と自分をちゃんと切り離して考える。自分中心に物事を考えない。笑われようが、無視されようが、嫌われようが、裏切られようが、自分に傷はつかない。そういうことをされた自分が恥ずかしい人間なんじゃなくて、そういうことをする嫌な奴もいるとしっかり思って、『れた思考』を改善していこう。
タグ: 認知の歪み
この記事へのコメント
更新お疲れ様です。

>>自分中心に物事を考えない。
耳が痛いですw

確かに、「やりやがった」よりも「やられた」と表現するほうがしっくりきます。
余程被害者根性が染みついているのでしょう。
自分でも驚いています。

あと、「やりやがった」と表現すると
なんだか相手を悪者にしている気がして、凄い違和感があります。

まあ結局これも相手を悪者にしている自分が嫌
という自己中心的な考え方なのかも知れませんが…。
Posted by ケロケロ at 2013年01月19日 19:33
「やりやがった」はちょっと言い過ぎでしたかねー。
受動態でなければよいので、「私が○○をされた」ではなく、「相手が○○をした」と考えられるようになればOKです。

おっしゃる通り、「相手を悪者にしている自分が嫌」というのは自己中心的です。常に相手を悪者にしましょうと言っているのではなく、たまには相手が悪いと思えるようにもなれるといいなということです^^
Posted by モンキークリニック所長 at 2013年01月22日 22:56
はじめまして。記事と直接関係のない内容で申し訳ありません。
私はどうしても自分のことが好きになれません。自分の言動一つ一つが惨めに思え、消えてしまいたくなります。でも、周りにはこのことを隠していますし、カウンセリングも受けていません。それは、我慢できてしまうからです。私はいっそ、情緒不安定になって皆に気付いてほしいと思っているのですが、私の心は至って冷静なのです。でも、毎日生きるのが辛くて仕方ありません。恵まれた環境にいながらこう思ってしまう自分も嫌いです。
取りとめのない文章ですが、ご覧頂けると幸いです。
Posted by k at 2013年01月23日 15:08
はじめてコメントさせていただきます。

記事を拝見して、とても思い当たる節が多く、思わずコメントいたした次第です。

調子のよいときには気をつけることができても、あらゆる面で不調が続くと、元通りの自分(「れた思考」)にとらわれてしまうものですね…。

記事の内容からは逸れてしまいますが、一度はゆるやかな思考を身につけられたように感じて卒業したカウンセリングを、また再開してもよいものか、迷っております。
この程度のことくらい自力で乗り越えたいものですが…かなり参っているのも本当のところです。

ご意見いただければ幸いです。
Posted by a at 2013年01月26日 03:15
>kさん
たぶん、「心が冷静」なのではなくて「頭が冷静」なんじゃないかと思います。頭で心を否定していると言ってもよいかもしれません。
逆に、kさんが感じている、惨めさや消えてしまいたい気持ち、皆に気づいてほしいという思いをカウンセリングでは大切にしています。
どうして心がそんな風に感じているのかを、頭で理解してあげられるようになると、自分のことがそんなに嫌いではなくなるはずなので、一度、カウンセリングを受けることを検討してみてはどうでしょうか。

>aさん
自分の意思でカウンセリングを再開するというのは、自分の選択であり、すなわち、それも自分の力ですよ^^
カウンセラーは、人間ですが、あくまで手段であり道具にすぎません。手段があるのに、それを利用しないで、一人でどうにかしようと無理をすることは、あまり自立的ではないので、再開を前向きに考えられてはどうでしょうか。
Posted by モンキークリニック所長 at 2013年01月26日 09:51
ご返答ありがとうございます。
所長さんのおっしゃる通りなのかもしれません。ただ、カウンセリングを受けたとしても、自分を作ってしまうような気がします。本心を知ってもらいたい一方で、口に出すと、自分の中の何かが壊れてしまうようで怖いです。今は、弱さをさらけ出す勇気も、時間の余裕もありません。
ですが、聞いていただけて少しほっとしました。思い切って投稿してみてよかったです。またこちらに訪問させて頂きます。ありがとうございました。
Posted by k at 2013年01月29日 15:19
まだ見ぬカウンセラーに不安を抱くのはごく自然なことです。自分を作ってしまうような気がするのも当然です。
ただ、ここに書き込むことにも不安があったでしょうけど、勇気をもって書けたのだから、カウンセリングにも時間の余裕ができれば、きっとkさんは行けると思いますよ^^
コメントありがとうございました。
Posted by モンキークリニック所長 at 2013年02月08日 22:59
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