再認・再生・再構成

c1.png「3×4は12?」

f1.png「はい、そうです」

c1.png「(再認は問題なし)じゃあ、5×6はいくつかな?」

f1.png「うーんと、30です」

c1.png「(ふむふむ。再生もクリア)では、7+7+7+8+8は?」

f1.png「えっと、7×3=21、8×2=16、だから、21+16で37です」

c1.png「(おぉ。再構成もできた)オッケー。よくできました」


かうんさるーより一言
c3.png「今日のテーマは、『わかってる』と『知ってる』の違いだよ」

3種類の思い出し方の違いで説明してみよう。

1)再認
2)再生
3)再構成

まずは、テストの問題で説明する方がわかりやすいのかな。
選択問題が解けるのが、再認できる状態。
穴埋め問題が解けるのが、再生できる状態。
記述問題が解けるのが、再構成できる状態。

この3つは、再認<再生<再構成というような関係。左側は右側に含まれる。つまり、再構成できれば再認と再生もできる。再生ができれば再認もできるけど、再構成はできるとは限らないということね。もう少し詳しくみていこう。

1)再認
読めるけど書けない漢字ってあるよね。例えば『鬱(うつ)』とか『薔薇(ばら)』とか。それが、再認できて(読めて)再生できない(書けない)状態ってこと。相手から言われたり、見せられたり、本を読み返したりした時に「あーそれ知ってる」ってなるやつね。自分からは思い出せないけど、手がかりがあれば思い出せるという感じ。

2)再生
見聞きしたものを、そのままの形で思い出すこと。例えば『鬱』という漢字が書けること。応用はきかなくて、場面によって使い分けることができず、いつでも同じことをするという状態。
勉強を例にすれば、答案が返ってきてから「あー、実はこれわかってたんです」と言っても得点にはならないから、ちゃんと答案に書けるようになっておく必要があるよね。だから、勉強する時に「書いて覚えましょう」と言われるんだけど、つまりは、再認できるだけでなく、再生できるものを増やそうという意味なわけ。漢字練習とかを思い浮かべるとわかりやすいね。

3)再構成
ただそのまま再生するんじゃなくて、他の知識と結びつけたり、覚えたものを組み替えたりして、臨機応変に形を変えて思い出せること。例えば「『鬱』という字が使われる熟語を答えよ」という問題に、「憂鬱(ゆううつ)」とか「鬱屈(うっくつ)」とか答えられれば、再構成できている状態と言えるね。「『鬱』という漢字を使いこなせるようになった」という感じかな。
「自分が覚えるためには、人に教えるのが一番早い」と言われたりするのは、教えるためには深く理解し再構成する必要があるから。再構成できるくらいになれば、忘れたりすることが起きにくいからね。

3つの違いが区別できたかな?
この中で「わかってる」と言っちゃってもいいのは、再構成できる状態だけ。あとの2つは「知ってる」止まり。そこが今日のポイントだよ。

カウンセリング場面での再認・再生・再構成を考えてみよう。

例えば、本を読みながらカウンセリングを行うカウンセラーがいたら嫌だよね。
あるいは、ただ知っている知識を披露するだけのカウンセラーも嫌だよね。
言うまでもなく、ちゃんと心理学的知識を再構成できるレベルまで理解しているカウンセラーに出会いたいと思うのは当然のこと。

じゃあ、カウンセリングに通う人の方はどうか。

意外と多くの人が、カウンセラーから心理学的な知識を提供されると、「それ、本で読んで知ってます」とか、「あー、わかってるんですけどねー」とか言うんだよね。近年は読みやすい形で心理系の本が結構出版されているから、学ぶこと、それ自体は望ましいとは思う。ただね、自己啓発本や、心理系の本をたくさん読みすぎている人の中には、「再認できる状態」を「理解できている状態」だと勘違いしている人も多いんだよね。実は、読んで知っているだけで、わかってはいない。そして、そのことに気がついていない。だから、「いろいろ知っているはずなのに、ちっとも楽にならない」みたいなことが起きて、余計に苦しくなる。そういう理由で、ボクはカウンセリングに来る人にはそういった類の本を読むことをあまり勧めないんだ。

だって、泳ぎ方を本で読んで知っていても泳げるようにはならないし。

逆に、カウンセリングに効果を感じている人は、カウンセリングの内容を家に帰って振り返ったりしているらしいんだ。そして、それをもとにして、考えたことを次のカウンセリングの時に話す。つまり、「家で再認して、カウンセリングで再生して、カウンセラーと一緒に再構成し直す」ということを繰り返しやっているみたい。一言でいえば、カウンセリングの場で練習している、体験しているって感じだね。

例えば、受験生は英単語とか一生懸命覚えているよね。2000語とか。でもそれだけじゃなくて、たまに模試を受けたりして、どのくらい自分ができるようになっているか確認する。それは誰のためでもなく、自分が高校や大学に入りたいから。それと同じように、自分の状態をよくしたいなら、手始めに「認知の歪み」を覚えてみるなんてことをやってみてもいいのかも。10個だよ、それならどうにか覚えられるんじゃないかな。もし、いつでもどこでも10個思い出せるようになったら、次は、いろんな人の言葉を聞いて、認知の歪みに当てはまるものはないか見つけてみる。最後に、自分の考えの中に、認知の歪みがないか見つけてみる。見つけたら、言い換えてみる。その言い換えたフレーズを書き残して、覚えて、使えるようにしておく。そして、その過程を、カウンセラーにチェックしてもらう、なんてことが時には必要かもしれないと思うんだ。

忘れることを恐れずに、まず覚えてみること。覚えたら、内容を保持すること。忘れたらまた覚えなおすこと。相手から言われて、「それ知ってた」とか「わかってるんですけどね」じゃなくて、繰り返し読んで、書いて、自分で説明できる状態にまでもっていくこと。

モンキークリニックを読んでいるだけでは再認止まりだよ。
もう一歩踏み出してカウンセリングに行ってみよう。目指せ、再構成。


追記
c3.png「再構成できなければ、再生のヒントを。再生できなければ、再認のヒントを」

再認・再生・再構成は、子どもの教育という場面でも覚えておくと役に立つよ。
大事なことは、ほめることよりも、ほめられる状況を用意してあげること。

例えば自分の子供が、「3×4は?」に答えられなかった場合、再生ができないということだから、再認できるかどうかのヒントを出そう。「なんでこんなのわからないの!12でしょ!」とダメ出しして、答えを教えちゃうんじゃなくて、「(A)10、(B)11、(C)12、さぁ、どれだ」みたいにある程度答えを絞って提示してあげること。そうすれば、もしかしたら悩みながら、親の反応を見つつ、「うーん・・・、B、、いやCかな?」と答えるかもしれない。そしたら、「正解!」と言ってあげられる。子どもは喜び、次の問題も解きたくなるかもしれない。親も、子どもを「答えられなかった子」と思わず、「答えられた子」と思えるから、そんなにイライラしないで済む。答えそのものよりヒントが大事。「教育」って言葉は、「教える」と「育む」の組み合わせだから、教えるばかりでなく、そういった育むような関わり方ができるといいね。
この記事へのコメント
知ってると、分かってるは違う。
私が今の病院でカウンセリングを受ける中で気づいた事でした。
頭で沢山考えているから、わかった気になっていて、分かってるのに、思うようにできなくて、自分をせめる。
ひたすら繰り返していました。
そして繰り返しの自分に絶望する…

途中で、分かっていたつもりの事が本当に自分にスッと入ってきた感覚があった時に、
あっ!って気付きました。

この文を読んでいて、知ってるだけでわかっていない。その事に気づいていない。ってところに私もそうだったし、そういうとこもまだまだある。って思いました。
私にとっては、それに気づいてない事が苦しいことでした。みんなもそんな中でがんばっているんですね。

再認、再生、再構成。。
カウンセリングを受ける中でそうしていきたい。
でも今の私は、何をしたいか何ができるのか、色々ぐちゃぐちゃになってしまいわかりません。
カウンセリングへ行っても何を話せばいいかもわからない。時間だけとってしまい、口から出ることはマイナスばかり…申し訳なくなります。
頑張らなきゃと思い、作業所や今できることをしているつもりでした。
でも自分が許せません。怠けてる。もっと頑張らないと。社会に通用しない。
気づけば毎日こんな時間まで、メモを書きまくりやらなきゃいけないことに追われています。
メモのメモをし、また書き直し…疲れてるのにやめられない。
掃除をしたら、全部ひっくり返して…やっとおわれば、また気になってクタクタ。
かと思えば一点みつめて何も手に付かなくなったり、考えたいのに考えられなくなったり、話がわからなくなったり…
最近は夜寝る前になると、頭で変な音がします。寝かけているのか、夢なのか声がします。身体がかたまって動けなくなります。わ
あれこれ考えて頭がパニックになるの長い間なかったのに、はまっていく自分がいます。

グダグダ言っても仕方ない。自分が何をするか、何を選ぶか自分次第。全部自分。
そう思うとカウンセリングでも何を話せばいいか分からなくなり、全て自分のわがままで…話す必要があるのか分からないです。
明後日カウンセリングです。行っていいのか迷っています。行かなくなるのは今までの経験上自分にとってよくないのもわかっています。
ずっとずっと混乱しています。正直苦しいです。でも生活ができてるからとにかく進まないと!と思います。
自分の力でやっていかないと!

カウンセリング。病院。支援センター。作業所。。
沢山支えられています。でも、ただの怠けてる、甘えてる私が、支えられ続けて、助けてもらっていいのでしょうか?
もっとほんとに病気で苦しんで人がいる。私みたいな病気かどうかもわからない人が甘えていていいのでしょうか?

すみませんこんな事書いていい場所じゃないですね。
でもこういう気持ちを口にすることは、自分勝手な甘えで、そう思うなら自分でやれ!って思うので、いまどこにも言えなくて…
会ったことのない、こういう場所なら…と思い甘えたな気持ち、苦しい気持ちを書かせてもらいました。
毎回毎回長々とすみません。本当にすみません。
ここに書くことで、やっぱり今は今のぐちゃぐちゃをカウンセリングで聞いてもらおうと思いました。
できるかはわからないけど、やっぱりカウンセリングを一旦休憩するのはやめようと思います。
明後日また迷惑をかけに行ってみようと思います。

ありがとうございました。
Posted by mako at 2013年11月21日 03:42
カウンセラーと向きあい、続けることが苦しくて気分に左右されてしまいます。
またカウンセリング再開しました。
結局1人になると、人間関係で行き詰まり混乱状態になります。
このサイトは辞めないで下さい。お願いします。

Posted by 気まぐれねこ at 2013年11月22日 11:56
数年前に数人の人から「認知の歪み」を指摘されたけれども、その歪んだ認知でずっとやってきて(運よく?)不自由しなかったので、認めること、考えることがイヤです。
でも「不自由しなかった」のは「無自覚=表層」なだけで、実際はおそらく様々の場所でいろいろな不都合が生まれているのに見ないフリしているだけなのでしょう。
「〜べき思想にとらわれない」なら、「認知の歪みを修正すべき」だって、「〜べき」思想なのだし、やっぱり考えたくないです。
とりあえず自分の「思考のクセ」の一番見えるところは「考えるのがイヤ」なのだと思います。
ですから私の場合、「傾聴型」では何も生まれなかっです。自分の向き合い方が違っていたのですね。
カウンセリングでの会話を帰宅後復習する手間をかけてなかった。
そういう中で出会ったこのサイトは、先に言葉にしてくださっているので自分には大変勉強になり近道でした。
このサイトに出会えたことをとてもとてもうれしく思っていました。

なのに、今日、自分は「再認どまりである」って気づきました。
やっぱり「考えなければいけない」

認知に歪みがなければ考えなくてすむのにと思って、今日も治療抵抗(?)している自分がいます。
Posted by ひよこ at 2013年12月02日 14:01
>makoさん
書いている内に気持ちがまとまってきた感じですね。なんか、読んでてうれしくなりました。
たくさん迷惑をかけて、甘えさせてもらって、支えてもらって、助けてもらった人こそが、いずれ、他の人の迷惑を引き受けられるようになるし、他の人を甘えさせてあげられるようになるし、他の人を支えて助けてあげられるようになるんです。だから今は、遠慮せずにカウンセリングに行きましょう。
誰の助けも借りないという人は、誰のことも助けることができない人になります。
否定せず、真剣に、その人の事情に寄り添って話を聴く。たかがそんなこと、と思うか、それってすごいことと思うか。カウンセラーにしてもらったことを、いつか、誰かにしてあげられるといいですね^^

>気まぐれねこさん
カウンセリング再開できてよかったなって思います。複雑な心境かもしれませんが、今はカウンセリングが必要な時なんだと思います。
あと、このサイトは続けます^^ストレートなメッセージはとても嬉しいです。ありがとうございました。

>ひよこさん
そうですね、この再認・再生・再構成の記事は、「考えなければいけない」と受け取られてしまう内容かもしれませんね。ちょっと配慮が足らない書き方になっているかもしれません。
認知の歪みは修正しなくてもいいんです。修正できるものがあれば、修正した方がいい。修正できないなら、工夫して乗り切ればいい。ただし、もし、修正する気ならば、わかった気になっているだけでなく、再構成まで一緒にやっていきましょうよ、みたいなニュアンスで書ければ、もっとよかったなと思いました。
Posted by モンキークリニック所長 at 2013年12月02日 22:46
カウンセリング続けています。病院も続けています。
病気じゃないくせに、甘えるな!病気じゃないくせに…自分のせいなのに…とどうしても自分が許せません。
何をどうしていいかわからず、
何かすれば強迫的になり、不安になり、ぐちゃぐちゃになってしまいます。
ずっと強迫的なのが続きずっと動いていたら、数日前からパタッと動けなくなってきました。
前より自分とうまく付き合えるようになっていた部分も、できなくなってしまいました。

自分の中にある死を、みないようにして、横におくようにしてきましたが、それもできなくなってしまいました。

死にたいと思うのは自分のせいだから、甘えだから…もう誰にも言ったらいけない。
頑張りたい。死にたいんじゃない!
一旦横に置けた死が、またとめられなくなったら
そこまでだと思っています。
耐える勇気がないだけですね…

身体や心がついてこず、自分をせめるしかできません。
パーソナリティ障害。やっぱりわからないです。
私のせいではないですか?甘えや、怠けじゃないですか?

また、自傷をしてしまいました。
悪循環…なんのためにもならない…周りを裏切る…
分かっているけど、死に引っ張られないようにする方法がこれしか選べませんでした。
ほんとに情けない。
もうすぐ雇用保険も終わり収入もなくなります。こんなんじゃ社会に通用しません。

生活はおくれているから大丈夫です。と口にはしてみるけど、
多分怖いんです、誰だってそんなもんだよ、みんな一緒だよ、みんなしんどさ抱えながら頑張ってるよって言われるのが。
何回も言われて嫌だったから…
心はいっぱいいっぱいです。

すみませんぐちゃぐちゃです。

生きていかなきゃいけない。
楽に生きたい。楽になりたい。

やっぱり自分次第なんですよね…
パーソナリティ障害…どうやって受け入れていいかいまだにわかりません。

すみません乱文失礼しました。

無理矢理でも、できるかぎり、病院、カウンセリングを続けていこうと思います。
ほんとに諦めない限り、投げ出さないでやっていきます。





Posted by mako at 2013年12月03日 23:19
>私のせいではないですか?甘えや、怠けじゃないですか?

パーソナリティ障害は、自分のせいでなるわけでも、甘えや怠けでなるわけでもありません。
なのに、パーソナリティ障害に対処していくのは自分自身なんです。そこがすごく理不尽ですよね。

まだまだ、カウンセリングは必須だと思います。カウンセリングに通うことが辛くなった時、「投げ出すこと」と「楽になること」が同じに思える時があると思いますが、「楽になるために投げ出さない」と思い直して乗り越えていきましょう。
Posted by モンキークリニック所長 at 2013年12月13日 16:14
自分のせいでも、甘えでも怠けでもない…
どうしてもそこがわかりません。

こんな考えで自分せめ続けてもいい方向へいかないし、自分で自分を潰してしまうのも、分かってはいるのですが、
やっぱり私が悪いです。
前は、苦しさや辛さをわかって欲しくて、自分をせめている部分がありました。いい子だと思われたくて自分をせめている部分がありました。

でも今は、わかってほしいとかではなくて、
ただ、本当に私が悪いから、、。

自分が悪いのに、どうにもできない自分にどうしようもできなくなっています。

ただ一つだけ今までと違うことは、ただただ病院へ行く事をやめないこと。話すこともないのですが、ただただ通っています。
これは私にとってはものすごくしんどい事でもあり、大きな事です。

でも誰にも言えず、ちょっとずつちょっとずつ死への気持ちが強くなっている自分がいます。
一生懸命横におくように、まずは生活にもどるように、湧き上がってくる不安定さを一つ一つ見つめすぎないように、、、でもなんでこんなに苦しいのでしょうか。

十数年も…情けないです。
いなくなりたくなる自分が情けないです。
ずっとこんな事を言ってる自分に本当愛想がつきます。

頑張れない自分が一番辛いです。

死を選ぶという考えは投げ出すことになってしまうのでしょうか?
死を考えてしまうということは投げ出すこと、逃げることになるのでしょうか?

死を選ぶ以外は、投げ出すつもりはありません。
怖いです、今にも死を横におけなくなりそうな自分が怖いです。
死にたいわけではない。でもひたすら死について考えている自分が怖いです。

この感覚も何度もくる。
やり方を探しながら向き合っていかないといけません。進みながら探す。

ゆっくりゆっくり時間がとてつもなくかかることは分かっているはずなのに…うまくいかないものです。

時間がかかりすぎる時間を待てる自信がない。

弱音ばかりすみません。
もう一度ブログをゆっくり読んでみます。
どうしていけばいいのか考えてみます。

ありがとうございました。

Posted by mako at 2013年12月18日 00:07
辛くていっそ死んでしまった方が楽になれると思いながらずっと死にきれない自分にダメ出しをし続けている感じなのでしょうね。
がっかりさせてしまうでしょうけど、たぶん、どんなにこのブログを読んでも答えは見つからないと思います。役に立つコメントも返せないと思います。
一人で考えていると、グルグルと同じところを回り続けてしまうものですよね。自分の考え方のどこがおかしいのか、自分では気づけないのです。気づいても一人じゃ修正する気になれないのです。
とにかく、makoさんは自死について人と話すことが必要かと思います。自死について話せる人を見つけることが大事です。でも、日常でそんな人を見つけられるくらいなら、ここまで悩んでいないはずなので、たぶん、見つけられないはずです。
ということで、カウンセリングで話すしか選択肢はないと思います。
Posted by モンキークリニック所長 at 2014年01月07日 11:15
ありがとうございます。
ブログを読んでも答えはでないけど、救われる部分や、少し修正してもらえる部分があるんです。
答えはきっとないんです。探してるうちはなああ。
良い感覚をなんとなく身につけて、気づけば、あっ!こんなことか!って分かったりするんだと思うんです。
何度かそんな風になりました。

話さなきゃいけない、進みながら、やってみながら見つけていくほうがいい。
でも、やっぱりもう言えないです。
死を口に出せない。

そして1番は自分が耐えられない、踏ん張れない、自分を待てない。
ただそれだけでした。

沢山の方が同じような感じで、苦しんでいる。
どうか、少しでもみんなが楽になれますように。
モンキークリニック所長さんも無理されず、頑張ってください。
沢山の人に手を差し伸べてくれてありがとうございます☆

また更新楽しみにしています。
Posted by mako at 2014年01月10日 00:01
気持ちのいいお返事ありがとうございます^^
makoさんのコメントもきっと、誰かの心の支えになっているはずです。
だいぶコメントや記事の更新を放置してしまいましたが、無理せず続けているというスタンスの証でもあるので、今後とも応援よろしくお願いいたします。
Posted by モンキークリニック所長 at 2014年02月21日 13:57
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