自己愛と恥

c1.png「うーん、穴があったら入りたい」

n1.png「どうしたの?穴掘って埋めてあげようか?」

c2.PNG「つい見栄を張って、知ったかぶりしちゃってね。思い返すと恥ずかしくて反省中」

a1.png「そんなこと気にしてんのか?そんなの俺はしょっちゅうだぞ」

t1.png「堂々と言うな。まぁ、アンタは恥知らずだから反省することもないでしょうけど」

a2.png「はぁ?!そういうお前だって、しおらしく反省してる姿とか見たことねーし」

t3.PNG「あ、あたしは見せないだけで、ちゃんと一人で反省してるわよ!!!」


かうんさるーより一言
c3.png「反省だけなら猿でもできるっていうけど、人間の方が反省するの下手だと思う」

自己愛を英語で言うと「ナルシシズム(narcissism)」。「シ」が重なるよ。一般的に、自分のことが大好きな人をナルシストと揶揄して言うようなのとは、ニュアンス的にちょっと違うかな。

自己愛とは、自分を価値のある存在だと思おうとする心の働きのこと。「自分はなんてダメな奴なんだー」という恥の気持ちとは正反対のものだね。ということで、自己愛と恥は表裏一体の概念ということを、まずは覚えておこう。

自己愛は、あればあるだけいいってものでもないし、なくせばいいってものでもないんだ。同じく、恥も感じなくなればいいってものではなくて、時に、恥は感じる必要があるもの。モンキークリニックを読んでいる人は、0か100かという考え方はしないはずだから、なんとなくはわかるよね。

じゃあ、自己愛ってどのくらいあるのが健全と言えるのか。自己愛と恥の状態を数字に置き換えて、パーソナリティ障害のタイプを軸にして考えてみよう。まずはわかりやすく3分割(数字は例えで目安だから厳密には考えないようにね)。

(1)自己愛0/恥100
(2)自己愛50/恥50
(3)自己愛100/恥0

(1)は、自分のことが全く価値のある人間だとは思えない状態。むしろ、自分なんか死んだ方が世のため人のためになるとしか思えなくなる。「自分は卑小で罪深く生きている資格がない」と死というものに意識が囚われてしまう。例えば、うつ病(内因性うつ病・メランコリー型)の期間も一時的にこの状態になっていると言えるね。

また、慢性的に自己愛0の状態なら、それはうつ病というよりも境界性パーソナリティ障害の可能性が高いよ。正確には、うつ病ほど自己愛0じゃなくて、自己愛が5くらいあることで逆に苦しい状態。つまり、いっそ、その生にしがみつく醜い自己愛5がなくなれば死ねるのにと思っていて、生き恥を晒している自分が嫌で仕方なくて苦しい

そんな自己愛0〜5の時は、頑張って状況を変えようとか、自分が変わろうなんて全然思えないね。どうせ自分には何をやっても無理と思っているし、自分に何かしてやる価値なんてないと思っているから。

(2)が、健全な状態かな。「自分はそこそこ、それなりに価値がある人間だよな」と思いつつ、「いやいや、まだまだ、こんな自分に甘んじてちゃいけないな」程度。恥を感じるからこそ努力して改善していこうと思えるし、自己愛もあるから、努力している自分のことが好きだなとも思える。

人に褒められたら嬉しいし、バカにされたらムッとする。有頂天にもならず、激怒もしない。そんなにあれこれ人に求めすぎない。自分が失敗して恥ずかしかった話をネタにできるし、たまには、「今日はいい仕事したな」と素直に思える。

そんな感じだからこそ、必要な場面では反省もできるし謝罪もできる。そういう人には、2ch掲示板では滅多にお目にかかれないね(←偏見)。

とはいえ、完全に均衡がとれている場合だけが健全ってわけではなくて、自己愛40/恥60で引っ込み思案、逆に自己愛60/恥40でリーダー気質みたいな感じで捉えておくといいよ。自己愛と恥の両方を適度に感じられればOK。

(3)は、厚顔無恥。「どうだ、俺はすごいだろう」という暑苦しいタイプで、周りの人の目を気にせず、誰彼かまわず怒鳴る。人の意見をきかず、反省もせず、変わろうとしないので、本人は病まずに周りの人が病む

他人を蹴落とすことに良心が痛まず躊躇がないので、剛腕という評判とともに社会的に成功していることもあるかも。ただ、強いて分類すれば、自己愛性パーソナリティ障害・誇大型ということにもなるので、恥を感じなさすぎることにもやっぱり問題があるんだよ。

さて、上記の3つは比較的内面と外面が一致しているのでわかりやすいんだけど、自己愛と恥の割合が次のような状態の時は、複雑な様相を示すよ。

(4)自己愛25/恥75(今日のポイント)
「今の自分は本当の自分じゃない、本当の自分には価値があるはずだ」っていう現実を認めていない感じが自己愛25のイメージね。この割合の時は、負けを負けと認められない、負けそうになると途中放棄したり、そもそも勝負を回避したり、なんとか恥を感じないように必死になるんだ。その方法は大きく分けて下記の3つで、パーソナリティ障害の現れ方とも関係するよ。

(4-A)恥75を感じないように、人と関わらずひきこもって自分を守ろうとすると、回避性パーソナリティ障害

(4-B)自己愛25を人に補ってもらうために、自己愛75くらいの一見自信たっぷりの他人に、自分を丸ごと預けてしまうと、依存性パーソナリティ障害

(4-C)本当は自己愛25なのに、自己愛125くらいに見せかけて、恥75を覆い隠そうとする演技性パーソナリティ障害、または自己愛性パーソナリティ障害・過敏型、または強迫性パーソナリティ障害あたりになるかな。一見自信がありそうに見えるけど、本当は自信が無い人達ね。その3つは、自己愛125に見せかける手段の違いに特徴が表れるよ。

(4-C-i)演技性パーソナリティ障害
外見や振る舞い方で自己愛125に見せかけ、恥75を隠す。

(4-C-ii)自己愛性パーソナリティ障害・過敏型
理想的なことを口にして自己愛125に見せかけ、恥75を隠す。

(4-C-iii)強迫性パーソナリティ障害
厳密なルールの遵守によって自己愛125に見せかけ、恥75を隠す。

パーソナリティ障害っていうのは奥が深くて難しいね。

特に、自己愛性パーソナリティ障害は、(3)のような自己愛が強すぎる誇大型のことだと思われがちだけど、臨床現場的には、(4-C-ii)のような過敏型タイプも多いと考えられていて、結構ややこしいね。少し説明しておくよ。

自己愛性パーソナリティ障害・過敏型の人は、「自分には才能がある」と思いつつ、それを社会的に形として表に出さない(本当は才能がないから出せない)ので、「押し入れの中のナルシスト」と表現されたりするんだけど、現代では、押し入れではなく「ネットの中のナルシスト」と表現した方が適切かもしれないね。2ch掲示板ではあちこちでお目にかかれるよ(←偏見)。

彼らは、周りの人を見下している一方、ひどく周りからの評価が気になる。偉そうに見えて実は自己愛が不足しているから、他人に認めてもらって自己愛不足を補おうとするんだね。そこに暑苦しさはなく、冷めているのに偉そうで、自分より弱そうな相手にだけ怒鳴る、特に男性の場合は、女性に対してだけ強気だったりする。だから、DVやストーカーとの関連可能性が懸念されてしまったりするね。

こうやって書いてしまうと、なんと酷い書きようだと思うけど、ただね、総じて、本人達が、そうしたくてしているわけではないということは知っておきたいところ。いつの間にか、恥をかいたら死ぬしかないという歪んだ意識に育ってしまっている、あるいは、育てられてしまっているから、必死にならざるを得ない。恥をかいても死なないということが、試したことがないから実感できない。恥を隠せば隠すほど、隠し方が巧妙になり、屁理屈ばかりが身についてしまうという悪循環。今更他人に弱みなんて見せられるはずがない!弱みを見せたらつけこまれ、搾取されるではないか!だったら搾取する側に回りたいと思うのは当然のことじゃないか!・・・みたいな思考になってしまう。全然、自信がある人の思考じゃないんだよね。

こうして考えてみると、悩める人の自己愛や恥という心の動きを捉え、その人が、自己愛と恥の両方を感じながら生きていけるようになるのを支えるのがカウンセラーの一つの役割であり、臨床心理学的な考え方であって、単に傾聴することがカウンセリングではないと改めて思うんだよね。だからボクは、カウンセリングを受けるなら臨床心理士の元に行くように繰り返し伝えているし、昨今のキラキラネーム(DQNネーム)みたいな感じのするカウンセリングルームに行かないように伝えているんだ。そういうところでは、「私はこれでいいんだ!」みたいに自己愛だけが一方的に増長されちゃいそうだからね。

まとめにかえておまけ。例えば、人に『攻撃力5』くらいの力で軽いダメ出しをされた場合について。
うつ病の人や境界性パーソナリティ障害の人は、自己愛が0〜5の状態なので、攻撃力5でも食らってしまうと死にたくなる。健全な人は、攻撃力5を食らうと自己愛45/恥55の状態になるので、恥ずかしい気持ちに傾くけど、一方でそれを元に戻そうと反省し、謝罪し、努力する。自己愛性パーソナリティ障害・誇大型の人は、攻撃力5を食らっても自己愛100が自己愛95になるだけで、痛くも痒くもないし、自己愛95もあるんだから、あっという間に自己愛100に戻る。だから、反省しないし、謝罪もしない。自己愛25/恥75の人達にとって、攻撃力5はそこそこ影響のある威力なわけで、なけなしの自己愛25を固守するために、傷ついていないフリをしたり、時に不釣り合いなほど激怒したりする。
さて、この激怒は、『自己愛憤怒』と呼ばれる自己愛に関連した怒りなんだけど、長くなったのでそれはまた今度。
タグ: 自己愛
この記事へのコメント
今回も難しいお話ですね…。
書いてあることが理解できないわけではないのですが
自分の中に落とし込もうとすると、うーん…という感じです。

自分は恥が大きい人間です。しかし自己愛が小さいとも思いません。
数字にすれば自己愛90/恥90みたいな。

そもそも自己愛の小さい人間が恥を感じるでしょうか。
自分を価値の高い存在だと思うから、それが傷ついたと感じて恥ずかしいと思うのでは。
自分が価値の低い存在だと思うなら、それが傷ついてもなんともないはずです。

つまり、自己愛が低いからそれを高めて恥を克服しようという試みは
逆に恥を増大させると思うのです。(自分はそれで行き詰まりました)
自己愛を一方的に増長させることに対する懸念は所長も書かれているわけですが。

では、バランスを取ればいいのか。
自己愛90/恥90でもバランスは取れているような気がしますが
はっきり言って苦しいだけです。

何か、自分は自己愛に対して根本的な勘違いをしているのではないでしょうか。
うまくまとまりませんが感想まで。
Posted by ケロケロ at 2014年02月21日 20:59
実は、いまいちうまく書けてないなぁと思いながらアップした記事なので、読まれた方もわかりづらいと感じるのは当然のことと思います。申し訳ないです。あと、数字は%表記にした方がよかったかもしれないと反省中です。

それはさておき、ケロケロさんの書かれていることは、ある意味、正しい一面を含んでいます。
強い自己愛をくじかれた時こそ、強烈な恥を感じますし、強い恥を抱えておけなくなった時に強い自己愛が出現するんです。ただし、その自己愛は見せかけの自己愛なんです。そういう時には、恥の気持ちが減りません。「自分には価値がある」と思える(確信)のか、「自分には価値があるはずだ」と思おうとしている(疑惑)のか、そこに違いがあります。
ケロケロさん自身が書いてくださったのを例にしますと、ケロケロさんの自己愛と恥の割合は、「自己愛10/恥90」が本来の姿だと思います。その強い恥から身を守るためにバランスをとろうとして「自己愛90/恥90」という感覚になっているのだろうと考えます。
強い恥を抱えておけないために、見せかけの強い自己愛が出現したという形なので、苦しさが消えないのではないかと予想できるのですが、お会いしたわけでもないので、あまりハッキリしたことは言えません。
率直に疑問を書いてくださり、ありがとうございました。
Posted by モンキークリニック所長 at 2014年02月25日 16:10
返信ありがとうございます。

つまり自分が自己愛だと思っていたものは「見せかけの自己愛」だったのですね。
本文(4-C)に近い形と解釈できます、成る程。

自分の価値に対する確信がないから
いくらトレーニングしても、成功体験を積み上げても恥(不安)が消えなかった。
それどころか自分には価値があるはずだ→ないかもしれないという疑惑を増長させて
恥を強くするだけだった…、自分はなんとも馬鹿なことをしてきたんだなあという気がしてきました(笑)。

自己愛(確信)と自己愛(疑惑)は自分の中で区別できるようにしないといけませんね。
Posted by ケロケロ at 2014年02月26日 22:49
所長さん、ありがとうございます。

文章を読んで理解するのが大儀な状態の私にも分かりやすく書いてくださってます。
(WISCはこんな状態で受けても正確な数値が出るのでしょうか?)

たしかに私は「押入れの中のナルシスト」です。
自分の場合は、「(冷めてるのに偉そうで)自分より弱い相手に慈悲をかける」ですが。

キラキラネームの所にも何回が行ったことがありますが、
私は自分の中に歪んだ自己愛を自覚していたので、
どうもしっくり行かなかったです(笑)
今回、その理由も分かりました。

寒暖の差の激しい時期です。
どうぞ所長さんもお体に気をつけてください。
Posted by ひよこ at 2014年03月03日 08:15
>ケロケロさん
受け止めてくださりありがとうございます。
流されるわけではなく、他人の指摘を受け止め、自分の見方を変えることができるということは、意外と難しいことなので、そういうことができるケロケロさんには価値があると、部分的には確信してもよいのではないでしょうか^^

>ひよこさん
なるほど、慈悲をかけるのも、相手より自分を上に置いているという形になりやすいですね。
カウンセリングでも、カウンセラーを自分の上に置くか、下に置くかに必死になられてしまう方がいます。上下でなく、横で関係を意識できるようになるとよさそうですね。
Posted by モンキークリニック所長 at 2014年03月25日 11:08
はじめまして。
今回の記事、私のために書いてくれたの!?と思うくらい、モヤモヤ疑問に感じていたことがすっきりしました。ありがとうございます。

4−Cの全部にぴったりフィット!な年配のお客様がいらっしゃいまして、お会いするのが憂鬱だったり、見ていると危なっかしかったり、時に尊敬できたり愛らしかったり、時にだだこねる子供みたいだったり、価値観偏ってんなーしかも押しつけがましいなーと感じたり。

対して私は自己愛のパーセンテージが多いタイプだったのか?思えば星の数ほど食らってきたダメ出しで、あまり凹んだことがありません。
なぜか謙虚で控えめほうだと自認していたので・・・「おまけ」を読んでうわーーと。

ともあれ、そういうお客様とそういう私がすれ違うのは当たり前、気にすることはないように思えました。

>本人達が、そうしたくてしているわけではない
この一文にとても救われました。
そっか、そうですよね。
そう分かっていないと、周囲の者もツラいですしね。
Posted by tomo at 2014年04月10日 11:25
tomoさんの文章からは、内省する力も感じますし、共感的な言葉で書かれていますので、自己愛が強すぎるようには感じられないですよ^^
気持ちのいいコメントありがとうございました。
Posted by モンキークリニック所長 at 2014年05月07日 16:54
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