ニュースにみる演技性パーソナリティ障害

k1.png「ふぅ・・・」

c1.png「・・・。」

k3.png「あっ!」

c2.PNG「・・・?」

k1.png「そうか。いや、うーん・・・」

c2.PNG「あの、どうかしました?」

k3.png「え?いや、なんでもないんです。これは、私の問題なんです」


かうんさるーから一言
c3.png「注目されないと自分の存在が実感できないんだろうな」

最近(2014年7月現在)、会見という場を賑わしている各人について、その都度、専門家がコメントを出しているんだけど、よく目にする診断名があるのでまとめておこう。それは、演技性パーソナリティ障害だ。以下、---内はニュースサイトから原文のまま引用。


1.野々村竜太郎議員(政務活動費に関する号泣会見)⇒元記事
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兵庫県議会の野々村竜太郎議員(47=無所属)が2013年度に195回の日帰り出張をして政務活動費から約300万円を支出していた問題で、1日に開いた“号泣&意味不明わめき”釈明会見。ダダッ子もあきれそうな会見が、全国に“笑撃”を与えているのだ。
この会見で、精神科医は野々村氏を「演技性人格障害」と分析。同僚県議の証言からは、理解不能な「超異常行動」が浮かび上がった。
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2.小保方晴子氏(STAP細胞捏造疑惑)⇒元記事
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きょう発売(4月10日)の『週刊新潮』も『週刊文春』も、小保方晴子「疑惑」を取り上げている。
週刊文春の中で精神科医2人が小保方さんをこう評しているのが興味深い。2人とも小保方さんには会っていないので推測だがと断っている。

「彼女には、自分は絶対に称賛を集めるんだ、という確信が若い段階からまず先にあって、そのためのひとつの手段としてSTAP細胞に飛びついたのではないでしょうか。
ですから、悪気があって捏造したという意識はなく、STAP細胞ができたという錯覚に今も陥っているのではないでしょうか」(精神科医の香山リカ氏)

小保方さんは演技性パーソナリティの可能性が高いのではないか。彼女の研究倫理のなさが厳しく指弾されるなかで、昂然と不服申し立てをするという『理不尽なズレ』も、そう考えると説明がつく。
研究も成果発表も反論会見も、全て彼女の自己演出の手段なのではないか。そういう意味では彼女に『作為』はあっても『悪意』はなかったように思います」(精神科医の熊木徹夫氏)>
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3.片山祐輔被告(PC遠隔操作事件)⇒元記事
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演技性の人格障害。知らず知らずのうちに嘘を重ね、自分を大きく見せるような演技をしてきた」。
片山被告の人物像について、こう指摘するのは臨床心理士の長谷川博一氏。
「嘘が心理的な負担になり、『すがすがしい』という率直な感想が口に出た。すべてを勝ち負けで考えており、どう転んでも勝ち目がなくなったので負けを認めた」
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4.佐村河内守氏(ゴーストライター騒動)⇒元記事
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「手話通訳がついているのは天地神明に誓って今も大切で必要な存在(だから)です。耳に関することは、新垣氏はまったくの嘘を言っている」と切り捨てる佐村河内氏。
会見をつぶさに見た精神科医の香山リカさんはこう分析する。
「直接診察していないため断定はできませんが、彼は『演技性人格障害』の可能性があります。この人格障害の方は注目されることが価値のすべてと感じてしまう。
そうなるためには手段を選ばす、嘘をついたり外見を変えるなどわかりやすい振る舞いをする。
そして演じているうちにその人格になりきり、嘘をついている自覚もなくなってしまうのです」
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5.木嶋佳苗被告(首都圏連続不審死事件)⇒元記事
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 東海学院大学人間関係学部教授の長谷川博一さん(臨床心理学)は、木嶋被告は「演技性人格障害ではないか」と見る。
「一般的に、演技性人格障害においては“芝居がかった態度をとる”“性的に挑発的な行動をとる”などがあり、報道を見ている限り、被告にはその兆候が見て取れます。
 木嶋被告は、自分が注目を浴びることに関心があるようで、理想の自分を描き、それを演じ切ることで、内部にある外見などのコンプレックスに打ち勝っていこうとしているのだと思います。
ですから、彼女は法廷という“舞台”で、理想の自分像を多くの人に見てもらうことで、大きな満足を感じているはずです」
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ほとんどの演技性パーソナリティ障害の方は、世間を騒がせるまでの事件は起こさないけれど、こじらせると、こんな風にニュースになるほどの事件に発展してしまう可能性があるので、もし自覚できたら、早めにカウンセリングに来るといいよ。一言で「演技性パーソナリティ障害」といっても、実際には様々な人がいるので、その人に合った対応や課題について一緒に考えていく必要があるからね。

演技性パーソナリティ障害の方は、マスコミが食いつきやすいドラマチックな側面をもっているから、こんなにも話題になってしまうんだろうな。浅薄な嘘の上塗り、感情表出のわざとらしさ等が、傍から見ると「何言っちゃってるの?!」と、とにかくバカバカしくさえ見えてしまう。ということで、あれ?演技性パーソナリティ障害ってどんなのだっけ?という人のために、ここで改めておさらいをしておこう。

演技性パーソナリティ障害は、パーソナリティ障害の下位分類で、ドラマチックさを特徴とするB群に属するよ(dramatic type)。B群には4つあり、他の3つは、反社会性パーソナリティ障害、自己愛性パーソナリティ障害、境界性パーソナリティ障害。他の3つとは重なり合う部分もあるから、演技性パーソナリティ障害だけを調べるんじゃなくて、複合的に捉えておくほうがいいね。

演技性パーソナリティ障害の中心的特徴は、「注目を集めようとする」という点にあるよ。注目を集めたいから、自分をプロデュースすることに長けている。いや、見る人が見れば実はそれがハリボテだというのはすぐにわかるんだけど、意外に多くの人がこのハリボテに一時的に魅了されてしまう。なぜなら、壮大なことを言ったり、理想的なことばかり言ったり、正義を振りかざしたり、一見魅力的なことを言うのがうまいからね。

逆に、悲劇のヒロインのように振る舞って、周囲からの注目を得ようとすることも結構あるよ。疲れている自分を演出するために、溜息をついてみて、チラッと周囲の反応を伺う。頭を抱えて悩んでみてはチラッ、こっている肩をもみほぐしてはチラッ、立ちくらみでふらついてはチラッ、みたいにしては誰かに気づいてもらえるまでやる。気づいてもらえるまでどんどんオーバーリアクションになっていくよ。

深く考えて行動した結果目立ってしまうのではなく、目立とうと行動してからつじつまを合わせるために考える、みたいな順番になるのが演技性パーソナリティ障害らしい「浅さ」なんだ。

演技性パーソナリティ障害の方にカウンセリングをしていくと、自分には「中身がない」「私自身がない」という感覚があると話されることが多いよ。それに気づくととても辛くなるらしい。自分のことを「カメレオン」と表現する人もいるね。瞬時に、周りが自分に求めていることがわかり、自分の振る舞い方を変えることができる、つまり周囲の色に染まりやすいのだと。だから、演じ続けてしまうのだと。また、演じている限りは、人に気に入ってもらえることも多く、新しい場面に入っていくのはむしろ得意だというから、やめることができないというんだ。でも、一度関係ができあがったあと、それを維持するのが大変らしい。一度はじめた演技(嘘)を続けるのは、ずっと背伸びしたままでいるってことだから。背伸びが辛くなったら、その場から逃げだすしかなくなってしまうんだって。

自分自身が見えないからか、演技性パーソナリティ障害の方は、自己の過ちに対する責任を負うことが難しそうだよ。何か失敗をしたとき、本人達は、一応謝罪を口にするも、その後は、言い訳、言い逃れ、責任転嫁、情状酌量を求めるような感じで、どうにも申し訳なさが伝わってこないという特徴がある。本人達は、ありのままの事実を説明しているだけ、それをわかってほしいだけと言うんだけどね。

本人達は、自分のことを顧みるのが苦手だったりするので、何か事が起きてからも、
「いつの間に、こうなっちゃったんだろう・・・」
「どうして、いつもこうなっちゃうんだろう・・・」
「なんで、みんなわかってくれないんだろう・・・」
と思っていたりするようだよ。それこそ、“悪意はない”んだよね。

加えて、感情的にも不安定なので、泣いてしまったり、怒ってしまったりと、大人らしく受け止める姿勢が足りないように見える。内省ということが難しく、責任を追及されると、話題を逸らしてしまうような言動になってしまう。だから、自業自得だろ!と責められることも多いけど、どこがどう間違っているのか、自分ではわからなくて困っているというのが本人達の正直な気持ちらしいよ。

自分がないから、中身よりも身に着ける物や肩書き等、誰にでも見える外側の部分が本人にとって重要になってしまう。すでに流行しているものをパクったりする手段も必然、多くなってしまう。ブランド品で身を固めたり、「西宮維新の会」と名付けてみたり、耳が聞こえないフリをしたり、サイコパスだと主張してみたり、男を何人も囲ってみたり。自分自身でいることに自信がなく、何者かになることで、注目を集めようとする演技性パーソナリティ障害。案外、みんなの身近にもいるかもしれない。

余談だけど、昨今、Twitterで「なりすまし」が横行しているのも「演技性」と無関係ではないかもしれないなと思ったよ。誰でもない匿名の存在では注目されないので、誰かを演じることで自己を発信し注目を浴びようとしているように見える。既存の芸能人やアニメや漫画といった創作内の登場人物なら、多くの人に注目してもらえるからね。でもそれって「虎の威を借る狐」みたいなものなんだよね。結局、自分自身が注目されているわけではないから、虚しくなるはず。虚しさを埋めるために、さらに過激な発言をして・・・って感じで悪循環だね。

「演じるということ」つまり、なりすましや偽名、嘘等に関する事件は、インターネットが「匿名から実名の時代へ」と移行する流れの中で、自分自身を確立して表現することができなかった人達に起きた副作用として理解できるかもしれないな。そんなことを、最近の会見と演技性パーソナリティ障害から考えてたんだけど、話が大きくなりすぎてしまうので、今日のところはこれでおしまい。


以下追記 2015.5.8

6.香山リカ氏(虚言?)⇒元記事
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その後香山氏のツイッターアカウントには、逆に青山氏を「ホント下劣」と非難する文章が投稿された。さらに「つまんない仕事だけど6月までは続けようかと相談してます」とも発言。今月1日放送回で香山氏は、一連のツイートについて「私が書いたものではない」と明言し、アカウント乗っ取り被害の可能性も考えて調査中だと伝えた。
 そして8日放送回、番組冒頭では山田氏が、香山氏のツイートに関する調査の経過を報告。投稿された内容には関係者しか知り得ない情報も含まれていたため、出演者やスタッフを集めて話し合いを行ったのだという。
 その場で香山は、「問題の内容は、ファンに向けて書いたダイレクトメールの下書きだった。その下書きがいつの間にかツイートされてしまった」と説明。山田氏が「アカウントの乗っ取りなら警察に届けるべきではないか」と指摘したところ、香山氏の証言は一転。「乗っ取りではなく、ツイッターアプリの誤作動かもしれない。過去にも同じ誤作動が起きた」と言い出した。そこで山田氏が「それならアプリケーションの開発会社に原因を問い合わせましょう」「アカウントではなく、パソコンそのものを乗っ取られた可能性があるから、香山氏の事務所で調査をしましょう」と提案。あらためて調査を行うと約束された。
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1〜5のようなニュースを騒がせた人達に演技性パーソナリティ障害の可能性を見出す、リカちゃん人形の威を借る精神科医、香山リカさん。その彼女が、「私が書いたものではない。ツイッターを乗っ取られたかも」から一転して「私がファン用に書いたものだ。ツイッターの誤動作でツイートされてしまった」なんて、浅薄な嘘の上塗りのようなことを言ってしまったら、そりゃ当然、この記事に加えるしかないよね!嘘みたいなオチとして(笑)

BPDの5つのモード

c2.PNG「やぁ、なや美ちゃん。今日の調子はどう?」

n1.png「・・・べつに」

c1.png「そっか(ふむ、今日はどうやら"無"の状態みたいだな)」

n1.png「っていうかウザい!なんなの!放っておいてよ!」

c1.png「ごめんね、放っておいてほしかったか(あ、怒りのスイッチが入った)」

n3.png「いや、あーもう!こんな風に他人に当たる自分とか最低だし」

c1.png「当たりたくなることもあるよね(自分を罰するチャンネルに切り替わったかな?)」


かうんさるーから一言
c3.png「僕がBPDの方と話をする際のちょっとした種明かし」

境界性パーソナリティ障害(以下、BPD)の人は、さっきまで機嫌が良かったかと思えば、いきなり激怒したり、泣き出したり、「放っておいて」と心を閉ざしてしまったり、とても忙しい。自分でもなんでこんなに気分が変わるのかわからないし、周りの人にとってはもっとわからない。「気分屋」なんて言われてしまうけど、実は好きでそうしているわけではないんだよね。

認知療法の亜型であるスキーマ療法では、このコロコロ変わってしまう状態を「スキーマモード(以下、モード)」という概念で説明しているよ。BPDの人によく見られるモードは以下の5つ。今日はこの5つを噛み砕いて説明してみるよ。
1.見捨てられたチャイルドモード
2.怒れる・衝動的チャイルドモード
3.懲罰的ペアレントモード
4.遮断・防衛モード
5.ヘルシーアダルトモード
1.見捨てられたチャイルドモード
これは、不安・悲しみ・泣きのモードという感じだね。無力で孤独、不安で怖がり。ぽつーん、と途方に暮れている傷ついた子どものようだよ。「誰か見て」「誰か助けて」「見捨てないで」「私はここにいるよ」そんな気持ちになって涙が出てくる状態だね。

2.怒れる・衝動的チャイルドモード
とにかく腹が立つんだけど、一体何に怒ってるか自分でもよくわからない。誰でもいいから攻撃したい。罵声を浴びせたい。自分の中にある怒りを爆発させたい。爆発させないと苦しくて苦しくていてもたってもいられない。何かを破壊せずにはいられない。全てをぶち壊してしまいたい。「なんで私を嫌な気持ちにさせるんだ!」「なんで誰も解決してくれないんだ!」と、小さな子のように怒る感じだよ。外向きの攻撃性。

3.懲罰的ペアレントモード
これは、内在化された親の声で自分で自分を罰する状態。幼い頃に言われていた親の言葉を使って、自分にダメ出しをする。「だからお前はダメなんだ」「そんなことしちゃダメ」「甘えてるだけだ」「もっと頑張らなくちゃダメだ」と自己否定をして、自己嫌悪に陥る。内向きの攻撃性。

4.遮断・防衛モード
全ての感情をシャットアウトして、他人との関わりも閉ざす状態。本人達は「無になる」「無の状態」と表現することが多いね。また、「なんでも話せますよ」「別に」なんて感じで、淡々と感情を出さずに話すこともこの状態にあたるよ。感情的に関わらないこと(遮断)が、自分の身を守る(防衛)ということになるんだね。
これは5つのモードのデフォルト(普段はこの状態が一番多いってこと)と言われているよ。無表情、空虚感、離人症、解離、ひきこもりなんかに関係していて、1〜3のどの状態より感情が揺れない分、まだ気分はマシ。けれど、この状態は最も他者との関わりが希薄になるので、実は最も回復につながりにくい状態なんだ。だから、まずはこの状態から他の状態が出るように関わっていく必要がある。それはつまり、怒れるようになることや、泣けるようになることが必要ということ。一見、それらは状態が悪化したように見えるけれど、BPDの人達が回復するには必要なことなんだと覚えておくといいよ。

5.ヘルシーアダルトモード
直訳すれば「健康な大人の状態」、つまり年齢相応のモードと言えるかな。ヘルシーアダルトモードは、年齢らしい捉え方や考え方、振る舞い方が“選択的に”できる状態。自動的にスイッチが入るような感じじゃなくてね。ヘルシーアダルトモードが育つと、自分をケアしたり、大事にしたりすることができるようになるし、自分と他人の区別もつくようになるよ。BPDの人の中にも、こうした健康な部分というのがちゃんとあるので、その部分で他人と関わっている時にはうまくいくんだよね。
ただ、BPDの人達は、自分は子どもっぽい、幼いと感じていることも多いんだけど、そのことがそんなに嫌いなわけではない。大人になりたくない、大人は汚いと感じているから、子どもっぽい純粋さを何気に自分で気に入っている場合も無いわけではない。だから、この「年齢相応」ということが受け入れられない場合がけっこう多くて難儀するってわけ。

さて、以上がBPDの人に多くみられる5つのモードなんだけど、これらが、まるでパチパチとスイッチが切り替わるように変化してゆくのがもう一つの特徴と言えるね。BPDじゃない人達は、このスイッチがそれほど急に切り替わらない、つまりスイッチが固いんだけど、BPDの人達はこのスイッチがゆるゆるで、押さなくても揺らしたらスイッチのどれかがランダムで入ってしまう感じ。それくらいゆるゆる。自分で選んでスイッチを入れているわけではないし、自分でも勝手に切り替わってしまって困ってしまうくらい。BPDの人の様子がめまぐるしく変わるように見えるのはそのためなんだ。数分毎に切り替わる、もっと言えば、一言ずつで切り替わってしまうほどだよ。

こういうことを、知っているのといないのとでは、BPDの人達への対応に雲泥の差が出るはずだよね。例えば、BPDの人が黙っている時に、「黙ってちゃわからないよ。言わなくちゃ伝わらないよ」みたいなお説教をせずに、(ああ、今は遮断・防衛モードなんだな)と理解して話し出すのを待ってあげたりできるようになる。BPDの人の怒りに対して、こちらも怒り返すのではなく、(ああ、今は怒れる・衝動的チャイルドモードなんだな)と思って、嵐のような怒りが過ぎ去るのを待つことができる。そして、1〜4のモードにばかり注目するのではなく、5のヘルシーアダルトモードを呼び起こすような関わり方をするってのが周りの人が心がけるポイントになるってわけさ。じゃあ、どういう声掛けをするとヘルシーアダルトモードに呼び掛けられるかって言うと、それはここでは答えづらいかな。一人ひとり違うので、実際にカウンセリングに来て本人に一番役立つ声掛けを一緒に考えていこうね。

あと、ヘルシーアダルトモードは、「明るく元気で、活力あふれる状態」ではないのが注意すべきところ。ここには出てこないけれど、BPDの人は、すごくポジティブな状態の時もあって、それを自分では良い状態だと思い込んでいる。でも、実際には1〜4をねじ伏せるような元気さなので、無理をしているという感じになるんだ。そうじゃなくて、ヘルシーアダルトモードは、ニュートラルな状態で、目の前の出来事をそのまま解釈なしで眺められて、自分なりの対応ができる、無理のない状態と言える。折り合いをつけたり、決めつけなかったり、保留にしたり、そういう中間の存在で留まれるという感じかな。人は中間の存在。天から全ての事象を見通せることもなく、地べたを這いずり回るほど卑屈でもなく、その間でひそやかに穏やかに生きていけるようになる、それがたぶん人間らしいってことだよ。・・・猿の僕が言うのもなんだけど。

ボーダーラインスマイル

t1.png「ねぇ、辛いのに笑って話すってどんな心理かしら」

c2.PNG「ボクに訊くなんて珍しいですね。何か困ってるんですか?」

t2.PNG「いやね、別に困ってるわけじゃないのよ。フフ」

c1.png「辛いのに笑うって、強がってるってことですよね」

t1.png「そうね、強がるってことは、強く見せたいってことよね」

c1.png「はい。強く見せたいってことは」

t2.PNG「あ、何かを怖がっているってことかしら。充分だわ、ヒントありがと」


かうんさるーから一言
c3.png「ぴす子は何を怖がっているんだろうね」

ボーダーラインスマイル(borderline smile)は、ボクが最近思いついた造語。カウンセリングをしていて、同じような笑顔の人に何人も会ったから、それを表現してみたくて。モンキークリニック以外では通用しないので気をつけてね。訳としては「境界例の笑顔」くらいがちょうどいいかな。というのも、これは「境界性パーソナリティ障害」の人限定ではなくて、その類縁のパーソナリティの方にも見られる特徴的な笑顔だから。特に、演技性パーソナリティ障害の方には顕著に見られるかな。以下に、ボーダーラインスマイルとはどんな笑顔か、また、この笑顔をする人達の話に共通する特徴を挙げてみるよ。

1)目が細くならず、目を見開き相手の目をしっかりと見る、就職面接で見せる笑顔のよう。

2)辛い話を笑顔で淡々と話す。感情的な語りはなく、出来事を中心とした話し方。

3)相手が自分に望む事は手に取るようにわかるという。

4)笑顔で相手に合わせるため、第一印象は非常に良く、気に入ってもらえることが多い。

5)しかし、すぐに笑顔を維持することに面倒臭さと苦痛を感じ始める。

6)性格的には断ることが苦手。笑顔なので、相手につけこまれることもある。

7)そのためか、激しい怒りを笑顔の下に隠している。親への怒りをもっていることも多い。

8)辛い感情や怒りを抑えていることを理解してもらうと、笑顔のまま涙が溢れてしまう。

9)いつ、その笑顔を身につけたのか、物心ついた頃からやっているのでわからない。

ボーダーラインスマイルは、ただの作り笑いではなく、身を守るための笑顔と言えるね。だから、目を細めないで、しっかりと相手を見ていないといけなくて、気が抜けない。自分の内面の動揺を相手に悟られないようにするために、感情的な話はせず、出来事だけ淡々と話す。ボーダーラインスマイルは、相手に自分の内面に踏み込ませない“拒絶の笑顔”と言ってもいいね。相手を拒絶しているということは、相手のことを信用していないということでもある。同時に、「信用できる人がいない」とも感じている。だから、常に孤独感を持っていることになる。

一方、自分の崩れた感情を出してしまうことは、相手に迷惑がかかることだからやってはいけないと思っていることも多いみたいだ。ただ、「相手に不快な思いをさせてはいけない」という強い気持ちがあるんだけど、それは実は相手のためではなくて、「不快になった相手が自分のことを攻撃してくる」、「弱みにつけこんでくる」ことを恐れて、予防しているってことに他ならない。裏を返せば、相手からの攻撃に耐えたり、反撃したりすることが自分にはできそうにないという「自信の無さ」が垣間見えるね。

そもそも、物心ついた頃から身につけているってことは、身近な人から自分の身を守らなくてはならなかったということかもしれない。もし、本来自分を守ってくれるはずの親が守ってくれなかったり、むしろ自分を攻撃してくる存在ならば、自分で自分を守るすべを見つけないといけないね。でも、幼い子どもは、笑顔でいるくらいしか思いつかないもの。それを大人になっても引き続き使い続けてしまっているようなのが、ボーダーラインスマイルなんじゃないかなと思うよ。中でも、虐待されてきた人は、笑顔に加えて、“幼い雰囲気”をまとっていることも多いよ。それは、暴力を受けずに生き残るために「庇護したくなるような雰囲気」が必要だから。

また、身を守るためには、相手が何を考えているか、特に怒りをいち早く察知しなくてはならないよね。怒られないように、先回りして、自分の感情を押し殺して笑顔でいることがとにかく大事。攻撃される事に比べたら、自分の感情なんて二の次。でも、そうして抑え込まれてきた怒りが、どんどん溜まっていくんじゃないかな。特に、親への怒りが。

「自分のことを誰かにわかってほしい」と思っているのに、笑顔だから「本当は苦しいんだ」ということがとても周囲には伝わりづらい。だって、苦しいという表情をしていないから。でも、本人にしてみたら、「誰もわかってくれない」という感じがする。「誰も助けてくれない」とも思う。「もう作り笑いなんてやめたい」と思っても、笑顔以外で他人に関わる方法を知らないから、どうしたらいいのかわからない。笑顔じゃなくなったら嫌われてしまう気がして、また笑顔を装ってしまう。そういう、自分で自分の首をしめてしまっている哀しさが、ボーダーラインスマイルにはある気がするね。作り笑いじゃなくて、心から笑えるように、カウンセリングで役に立てたらいいなと思うよ。

以上、ボーダーラインスマイルは、主に女性をイメージしたものなんだけど、最後に、男性、特に自己愛性パーソナリティ障害の方に特徴的な笑顔もあるのでちょっとだけ書いておくよ。それは、“余裕の笑み”だね。カウンセリングに来ても、あまり困っている感じは出さず、出来事だけ話して、「もう自分は話せることは話しましたよ。さぁ、カウンセリングで何をしてくれるんですか?」みたいな態度をするんだ。自分の立場を下にしたくない、見下されたくない、弱いと思われたくない、みたいな気持ちが働くんだろうね。ちょっと挑発的というか挑戦的な感じだよ。やっぱり、そういう人も他人を信用していないんだよね。そして、本当はとても臆病なんだ。でも、それじゃあうまくいかないって知ってほしい。カウンセラーはクライエントを見下したりしないから、もう少し素直な態度で来てくれるとうれしいよ。けど、それができないのが自己愛性パーソナリティ障害の特徴でもあるから難しいんだけど。。。

感情をありのままに認め、人とつながっていけたらいいね。支援者の方達も、パーソナリティ障害の方達の表面的な言動に惑わされず、気持ちを大切にね。



2013.1.17 追記
驚いた!
すでに『モンロースマイル』という言葉があるらしい。
おそらく同じ笑顔のことを表している。勉強不足でした。

フレネミーとパーソナリティ障害

g1.png「かんごるーさんってホント肌とかキレイで若々しいですよね」

k1.png「えー、そんなことないわよ。フフ」

awa.png
g1.png「…って感じで〜、かんごるーってば調子こいちゃってんの。若作り丸出しなのに。ププ」

f1.png「ギャルさん、そんなこと言っちゃ悪いですよぅ」

g1.png「いいんだよ、あんな合コン色ボケババァ」

k3.png「…ギャルちゃーん、今週末、合コン行かな〜い?」

g1.png「わぁ♪ほんとですかぁ?うれしぃ〜行きますぅ〜」


かうんさるーから一言
c3.png「この世に地獄があるとすれば、それは女性の集団の中にあるんじゃないかと思う」

フレネミーとは、フレンド(友達)とエネミー(敵)を組み合わせた造語らしいよ。友達の顔をした敵「フレネミー」。その中心的なイメージは、プライドの高いブランド好きなOLといったあたりだけど、実際には高校生からママ友に至るまで、女性集団があればどこにでもいるんだろうな。

フレネミーは、A子とB集団の間でうまいこと振舞うよ。さもA子とは親友のフリをしつつ、B集団にはA子が嫌われるような情報を流すんだ。そうして、A子を孤立させて、自分だけにしか頼れないようにして、A子をうまく利用したりするってわけ。例えば、A子が最新のブランド物のバッグを買ったとフレネミーに話したとしよう。すると、フレネミーは羨ましい気持ちを隠して「あ、それね、私も買おうと思ってたんだ」と答えたりする。その後、フレネミーは同じバッグを購入した上で、B集団に対して「ちょっと聞いてよ、A子ったら私が買ったバッグを真似して買ったのよ」と嘘をつく。「でも、A子には悪気はないの。だから、皆も知らないフリしてあげて」というような釘を刺しておくことも忘れずにね。褒め言葉にまぜてさりげなく悪口を言ったりもするし…、怖い怖い。

フレネミーは、内緒話を内緒にしておく気もないよ。フレネミーにとって、他人の内緒話は他人の弱みを握ることと同じこと。いつどこでそれが利用できるかを計算し、「私には何でも相談して。力になるから」と言っては、他人の悩みを収集するんだ。そして、微妙な距離の第三者に口止めしつつバラす。だから、フレネミーはよく「私は人から相談されることが多い」と言うよ。そういう人には気をつけようね。

利用価値がなくなれば、友人関係は解消。再び利用価値が出れば、「私達、親友じゃん」と近寄ってくる。自分のプライドが損なわれることが何より嫌で、友人にカッコいい彼氏ができれば、その友人の悪口を周囲にばらまいたりする。時には、自分の引き立て役として地味な子と親友のフリを続ける。そんなフレネミーって一体なんだろう…?

すでにネット上ではちらほらと、フレネミーはつまりはパーソナリティ障害なんじゃないかと囁かれているようだね。ちょっと検証してみよう。挙げられているのは、境界性パーソナリティ障害や、自己愛性パーソナリティ障害が多いみたいだけど、実際のところは演技性パーソナリティ障害が一番近いと思うよ。

境界性パーソナリティ障害の特徴
@不安定な感情
A不安定な自己像
B不安定な対人関係
C慢性的な空虚感
D制御できない激しい怒り
E解離症状
Fむちゃ食いや性的逸脱等の自己の健康を害する行為
G自傷、自殺のそぶり
H見捨てられ不安
こうして見ると、境界性パーソナリティ障害はフレネミーといえるほど派手で操作的ではないんだ。フレネミーがうまいこと振舞っているとすれば、むしろ、境界性パーソナリティ障害はうまくいってないことだらけ。フレネミーの様なズル賢さはあんまり無いよ。

自己愛性パーソナリティ障害の特徴
@十分な業績がないのに業績を自慢したり才能があると思っている
A自分は必ずある分野で成功すると思っている
B自分の考えや感性は独特で特別な人にしか理解できないと思っている
C過剰に賞賛を求める
D自分は特別扱いされて当然だと思っている
E結果的に自分のために他人を利用することになっていても構わない
F嫉妬心が強い、または逆に他人が自分の能力に嫉妬していると思っている
G態度が尊大で傲慢
これは一見フレネミーに当てはまるようにみえるね。けれど、自己愛性パーソナリティ障害の人は、フレネミーのような「友人のフリ」なんてしないと思うよ。もっとストレートに、多数の他人を見下し、少数の理想化された人とのつながりだけを持とうとする。そこが決定的に違うような気がするんだよね。

演技性パーソナリティ障害の特徴
@自分が注目されていないと楽しくない
A注目を得るために外見を派手にする
B性的に挑発的で誘惑的な行動をすることもある
C過度に印象的な話し方をするが中身がない
D芝居がかった態度、誇張した表現をする
E他人に影響されやすい
F考えが浅はかで感情が移ろいやすい
G対人関係を実際以上に親密なものとみなす
さて、どうだろう。フレネミーに当てはまるかな?

フレネミーは自分にとって価値のあるターゲットを見つけると馴れ馴れしく急速に接近する(G)。美貌やブランド品を重視し(A)、流行のものや他人が持ってる物を欲しがる(E)。英会話とか習ってみてはすぐに飽きたりする(F)。自分の話はそういう自慢話ばかりで(@)、他人のことを話す時には陰口か、いかに自分が被害を受けたかということを大袈裟に話したりする(CD)。多分、友人の彼氏にも「女子力アピール」をする(B)。

ということで、フレネミー≒演技性パーソナリティ障害という可能性が一番高いかな。

さて、最後に言いたいこと。フレネミーという一見新しい造語が、実のところパーソナリティ障害の概念で十分カバーできるってことを言いたかったんだけど、これって、モンスターペアレントアダルトチルドレンという言葉がパーソナリティ障害の概念で説明できるっていうのとほとんど同じ状況なんだよね。やっぱりまだまだ、パーソナリティ障害の知名度が低いってことに他ならないね。これからも頑張って普及活動に励むよ。続きを読む

パーソナリティ障害への偏見

b2.PNG「全くお前は本当に困った奴だな」

n1.png「なんで?エコだってやってたじゃん」

b1.png「あぁ、あいつは学習障害だし不登校だからいいんだよ」

n1.png「そんなのわかんない。あたしだってパーソナリティ障害なんでしょ?差別じゃん」

b2.PNG「まったく、ああ言えばこう言う。そういうとこがお前の悪いとこだぞ」

k1.png「まぁまぁ先生落ち着いて。ラクガキくらいいいじゃありませんか」

b3.png「ラクガキくらいとはなんだ!ワシは『ぶたどくたー』なんかじゃないぞ!」


かうんさるーから一言
c3.png「発達障害者への支援を面倒くさいとは口が裂けても言わないのにね」

残念なことだけど、医療、心理、福祉問わずいずれの対人援助職においてもパーソナリティ障害者のことを「困った人」だとか「対応が面倒くさい」とかすぐに口に出す人達がいるのが現実。けれど、その人達だって発達障害者に対しては決してそんなことは言わなかったりするんだ。それはどうしてか?第一にパーソナリティ障害のことをちゃんと理解できていないからだね。第二にパーソナリティ障害者の対応をしている時は、支援者としてではなく単なる一個人の顔を時々引き出されてしまうからでもある。それはつまり、パーソナリティ障害を発達障害と同じようにきちんと障害として捉えられていなくて、支援者の価値判断が入り込んでしまっているからに他ならないし、支援者としての技量不足感は否めないよね。

発達障害者がそうであるように、パーソナリティ障害者だって好きで問題行動を繰り返しているはずがないんだ。どんなにうまくいかなくても、それが自分の身を守るために身につけてしまったやり方だし、自分でも改善のしようがなくて結果的に問題行動になってしまっている。そういうことを頭で理解しているだけじゃなくて、ちゃんと心から理解してなきゃ支援者とは言えないと思うよ。

ともすればパーソナリティ障害者はハチャメチャな攻撃性を見せることがあるし、驚くほど対人操作性に長けていたりもするから、表面的には「強者(つわもの)」だったりする。その点で、厳しい言い方になるけどパーソナリティ障害者に向き合えない支援者は結局のところ、いわゆる「社会的弱者」しか支援できないということにもなりかねないよ。それじゃあダメだと思うんだ。今まではそれでよかったかもしれないけれど今後はダメ。その人を全体的に見て弱者か強者かで支援するのではなくて、部分的に障害を持った人として出来る限りパーソナリティ障害者にも接していけるようにならなきゃね。

とはいえ、ボクもまだまだ未熟だからね。気を抜くと口に出して「めんどくさい」って言いそうになるんだけど、それは内緒。この記事はきっと自分への戒めなんだろうな。

パーソナリティ障害

t2.PNG「あなた、パーソナリティ障害の3つの特徴を言える?」

c1.png「3つ?自己へのこだわり、傷つきやすさ、対等で信頼し合った人間関係を築けない?」

t1.png「あら、わたしは、柔軟性のなさ、回避、対人関係の障害だと思うわ」

c1.png「対人関係の障害以外は、同じようでちょっとニュアンスが違いますね」

t1.png「まぁ、自己へのこだわりがあるから柔軟性がないし、傷つきやすいから回避するのよね」

c1.png「内面に焦点を当てた表現か、行動面に焦点を当てた表現かの違いでしょうか」

t1.png「そうね。だったらこの勝負は引き分けとしておきましょう」


かうんさるーから一言
c3.png「勝ち負けにこだわるって特徴はパーソナリティ障害にあったっけかなぁ・・・」

パーソナリティ障害の特徴をいろんな人が挙げているけど、なぜみんな『3つの特徴』を挙げたがるんだろうね。そりゃあ、「パーソナリティ障害の特徴は100個あります」なんて言われたら、それは特徴とは言えなくなっちゃうからなるべく数少なくしなくちゃ意味がないのもわかる。でも、研究者ないし専門家によってあんまり特徴がバラバラだとそれはそれで混乱させられちゃうよね。「3つ」ってとこだけ一致してても全然意味ないよ。でもきっと、それぞれ譲れない何かがあるんだろうな。「あいつの表現は適切じゃない」みたいな専門家同士の水面下の戦いを感じてしまうよ。多分それは、自分の依って立つ理論的背景や研究領域にも関わってくるところだろうから、表現にはこだわっているんだろうけれど。・・・自分(の表現)に強いこだわりを持っていて、頑なで、(専門家同士の)対人関係に障害があったら、彼らももしかしたらパーソナリティ障害の基準に当てはまっちゃったりして。

【DSM-W-TR】(アメリカ発の新しい世界基準。A〜Fの全てを満たすこと)
A. その人の属する文化から期待されるものより著しく偏った内的体験および行動の持続的様式。この様式は以下の領域の2つ(またはそれ以上)の領域に現れる。
(1)認知(すなわち、自己、他者、および出来事を知覚し解釈する仕方)
(2)感情性(すなわち、情動反応の範囲、強さ、不安定性、および適切さ)
(3)対人関係機能
(4)衝動の制御
B. その持続的様式は柔軟性がなく、個人的および社会的状況の幅広い範囲に広がっている。
C. その持続的様式が、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
D. その様式は安定し、長期間続いており、その始まりは少なくとも青年期または成人期早期にまでさかのぼることができる。
E. その持続的様式は、他の精神疾患の表れ、またはその結果ではうまく説明されない。
F. その持続的様式は、物質(例:乱用薬物、投薬)または一般身体疾患(例:頭部外傷)の直接的な生理学的作用によるものではない。

【ICD-10】(ちょっと古さの残るもう一つの世界基準。基本的にDSMと重なるので省略)
〜略〜このグループの状態は、いずれも、その行動上の優勢な症状にしたがって分類することができる。しかしながら、この領域の分類は現在のところ、相互に排除し合うのではなく、その特徴のいくつかの点では重なり合う一連の型および亜型の記述にとどまっている。〜略〜

【岡田尊司】が述べるパーソナリティ障害の3つの特徴
@自分に強いこだわりを持っている
Aとても傷つきやすい
B対等で信頼し合った人間関係を築くことの障害

【市橋秀夫】が述べるパーソナリティ障害の3つの特徴
@考え方にひどく偏りがある
Aパターンが頑なである
B特定の原因がない

【平井孝男】が述べるパーソナリティ障害の3つの特徴
@小児的思考
A行動化
B自我同一性の障害

【ヤング】が述べるパーソナリティ障害の3つの特徴
@柔軟性の無さ
A回避(自分の考え方のクセ{=スキーマ}に向き合おうとしない)
B対人関係の障害

ヤングさんは認知療法の中でスキーマ療法というのを専門にしている方だから「(スキーマの)回避」という項目をパーソナリティ障害の特徴に入れているという事情がありそうだな。あとは狩野力八郎さん、成田善弘さんという方もパーソナリティ障害に詳しく、牛島定信さんという方はパーソナリティ障害の治療ガイドラインなんかを作成しているよ。まだまだパーソナリティ障害は、いろんな角度から検討されるべき概念だから勉強する時には偏らず幅広く柔軟に受け止めておこうね。

失調型パーソナリティ障害

n3.png「・・・ブツブツ、鬼が来る・・・どうしよう見つかっちゃう・・・ブツブツ」

c1.png「やぁ、なや美ちゃん。鬼ごっこでもしてるのかい」

n2.PNG「うぉっ!?・・・なんだ、モン吉か」

c1.png「モン吉じゃないよ、かうんさるーだよ」

n2.PNG「ひとりかくれんぼやってたら、ぬいぐるみがいなくなっちゃったんだよね」

c1.png「へぇ、コックリさんみたいなもの?」

n2.PNG「多分、塩水の代わりに砂糖水でやったのがマズかった。どうしよ、アタシ呪われたかも…」


かうんさるーから一言
c3.png「占いや降霊術、白魔術/黒魔術にハマる中学生女子は結構多いよね」


つまり、思春期女子はみんな精神を病んでいる。って冗談はさておき、思春期っていうのは一度アイデンティティが大きく危機にさらされる時期だとは言えると思うんだ。小学校時代には、自分が何者かとはあまり考えない。中学生頃になって、生きるって一体何だろうとか、自分って何なんだろうとか答えのない哲学的、原初的問いに囚われてしまう。そうすると、自分の考えや行動は本当に正しいのか、これまで見聞きしてきた世界は本物なのか、確かめたくなってくる。きっとそういう時期だから、人の力を超えたものに興味を惹かれるんだろうな。そして、まだ自分というものがしっかり出来上がっていないから、強く影響されすぎて、現実と空想が入り混じってしまう。学生時代に、霊が見えるという人は身近に必ずと言っていいほど一人や二人いたはずだ。そういう人はきっと嘘じゃなくて、本当に体験していたんじゃないかなと今では思うよ。ある意味、純粋すぎるからなんだろうけど、それってパーソナリティ障害の人にも言えることだと思うんだよね。というかむしろパーソナリティ障害は思春期心性とつながっているんじゃないかとさえ思う。パーソナリティ障害の人は行動だけが著しく偏ってるわけじゃなくて、独特な認知や感情面が先立っている。つまり、世界の見方や感じ方からして一風変わっているから、なかなか一般的な人達と相容れなくて衝突してしまうことが増えるんだね。中でも、失調型パーソナリティ障害は、半ば幻覚的な体験をしていたり、奇妙に妄想的であったり、頑なに迷信的であったりするタイプで、精神障害として発症してはいないけれど、どこか統合失調症に似ているという意味で名づけられている一群だ。だから、本人が体験している世界自体を理解するのはなかなか難しいけれど、それをどんな風に感じているのか、実際に困っていることは何かといったことを手掛かりとして、彼らが一応社会に適応してやっていけるように支援をしたりするのがボクらカウンセラーの仕事になるね。ところで、いかにも「霊なんていない」と決めつけて話してしまっているけれど、案外そういうわけでもないよ。もしかして、いるかもしれない。まぁ、いてもいいや。・・・いたらなんか怖い。なーんて思っちゃったりしているんだけど、それはまた別のお話。

妄想性パーソナリティ障害

t1.png「あなた名前なんて言うの?」

a1.png「あ?なんでお前に教えなきゃなんねぇんだよ」

t2.PNG「協力してほしいことがあるのよ。あなたみたいな体型だとちょうどよくて」

a1.png「んだと?オレみたいなデブがなんだって?!」

t3.PNG「そんなこと言ってないじゃない!」

a3.png「見下しやがって。学があるのがそんなに偉いのか、クソが」

t3.PNG「なんなのよ全く。名前きいただけじゃない」


かうんさるーから一言
c3.png「妄想性より猜疑性パーソナリティ障害なんて名前の方がしっくりくるんだけどな」


妄想性パーソナリティ障害は、とても猜疑心が強くて、他人のことが信用できないから、プライバシーに関わることをひたすら隠したりするんだ。また、ちょっとした他人の言動の中に、自分への悪意を敏感に察知してしまったりして、激怒してしまうこともあるね。慢性的に傷つけられているという被害者体験にさらされ続けている辛さを持っている一方で、非常に攻撃的なのが特徴的だといえる。被害者じゃなくなるためには、加害者に回るしかない、きっとそれくらい追い詰められているんだと思うよ。

妄想性パーソナリティ障害と似た病名に、妄想性障害ってのがあるけど、その最たる違いは、疑惑止まりか確信しているかという点にあるよ。例えば、妄想性パーソナリティ障害の人は、人はいつか裏切るものだから、彼女も浮気をするに違いないなんていう風に、実際にはまだ起きていないことへの疑惑が強い。その疑惑が強すぎて、彼女に対して「昨日の夜、連絡が取れなかったのはどうしてだ!」なんて詰問したり、証拠を探したりしてしまって関係が破綻してしまうようなこともあるだろうね。一方、妄想性障害は、すでに浮気をされているという確信を持っているのが特徴的だね。確信しているからいちいち証拠を探したりしないよ。というか、すでに証拠はいくらでも挙げることができるんだ。「昨日の夜、彼女は浮気をしていたから連絡が取れなかったんだ」なんていう風に、あたかも本人の中では事実になってしまうからね。また、妄想性パーソナリティ障害は、青年期以降、ずっと本人の対人関係スタイルとして一貫しているけど、妄想性障害は、ある時、発症するっていう違いがあるね。共通しているのは、どちらも対象となった相手にはそんな事実もそぶりもないってこと。

出会ってしまった人にとっては、ハタ迷惑な人達だろうとしか思わないよね。だけど、カウンセラーとして彼らのことを思うと、人を疑い続けることは、きっととても苦しいことだろうな、なんて想像してしまうんだ。彼らにとって、一人でも信じたり頼ったりできる人が現れたらいいな、それまで少しの間でもボクらが関わって、なんらかのお手伝いができたらいいな、なんて思うんだけど、当人たちにとっては全くカウンセラーなんて信用できない存在だろうね。なんだかもどかしいよ。

スキゾイドパーソナリティ障害

n3.png「うーん、助けてあげたいけど、アタシなんかに助けられたら嫌かもしれないし、どうしよ」

c1.png「どうしたの?なんだかヤマアラシのジレンマみたいだね」

n1.png「ヤマアラシ?何それ?」

c1.png「相手を温めてあげたくても自分の針で傷つけてしまうから近づけないという例えだよ」

n1.png「ふーん…それってアタシのことより、かうんさるーのことじゃん」

c2.PNG「え?」

n1.png「案外自分のことはわかってないんだねー」


ぶるどくたーによるミニ講座
b1.png「なや美は結構するどいとこ突くよな」


ここでは、「スキゾイドパーソナリティ障害」と単に「スキゾイド」という場合を分けて伝えておくぞ。

まず、スキゾイドパーソナリティ障害は、いつも孤立していて、他人に興味を示さず、喜びを共有せず、情緒的に冷たそうに見えるような場合につけられる診断名なんだが、その根底には、自他の境界が混ざってしまいやすいという問題を抱えているんだな。他人と触れ合うと、自分の中からエネルギーが吸い取られてしまう感じや、自分の中にエネルギーが流れ込んでしまうような感じがして、疲れすぎてしまうから独りでいる方が楽と言えばわかるだろうか。一見、超然としているように見えて、実は、いろんなものを受け取りすぎてしまうからなるべく煩わしいものを避けようとしているんだな。相手に関わって、自分が相手を変えてしまうというのではないかという考えや、相手に自分が変えられてしまうのではないか、つまり自分が自分でなくなってしまうのではないかという恐怖も抱えているぞ。

一方、スキゾイドとだけ言う時は、パーソナリティ障害とは限らず、上記のある種の傾向を確かに持っているものの、表面的な適応は割とよい場合とだけ言っておくかな。古くから伝えられている概念でワシには伝えきれん。ところで、カウンセラーってのは結構スキゾイドっぽい特徴を持っていると思うんだがどうなんだろうな。というか持ってないと、「人助け」はできても「カウンセリング」はできないだろうよ。患者(クライエント)の身に起きた辛い話を、あたかも自分に起こったかのように想像し、体験する能力が求められる一方で、自らは発症させずに抱えておかなければならない。自他の境界を越えつつ(自分に起きた出来事だか相手に起きた出来事だか一度訳がわからなくなり)、その後、ちゃんと自分に帰ってこなくちゃならないという感じだろうか。そして、相手の内面に関わっていくという恐怖から目をそむけず、相手を変えてしまったという万能感に飲み込まれず、ほどほどに仕事として割り切ってカウンセリングを生業としていく。この辺は、カウンセラー自身に聞いてみないとワシにはこれ以上わからんが、なんか病むか病まないかというギリギリのところに自分の身をおいているような気がするんだよな。カウンセラーってのはワシらの想像以上に葛藤に満ちていて、普通は迷わず答えを出すようなことを、何度も何度も問い返したりして、簡単に決めずに自分の中で抱えておいたりするようなところがある。空想も豊かだ。豊か過ぎて時々奇妙にさえ映る。でもなぁ、それはよっぽど自分自身に真摯に向き合っていないとできることじゃないし、我慢強くもないとできない。まぁ、そんな奴らだからこそ信用できるんだよな。

反社会性パーソナリティ障害

a1.png「おい、テメェ。あの事をばらされたくなかったら口止め料よこせ」

c1.png「一体なんのことですか?」

a1.png「シラ切る気かよ、テメェの胸によく聞いてみろよ」

c1.png「思い当たることがないんですが…」

a1.png「なや美にした事だよ、テメェ、体を触ったことあんだろ!」

c1.png「なや美さんが、ボクに体を触られたと言っているんですか?」

a3.png「チッ、話になんねぇな。また来るから覚悟しとけよ」


ぶるどくたーによるミニ講座事情聴取
b1.png「で、実際、触られたんか?」n1.png「かうんさるーにそんな勇気あるわけないじゃん」


正直に言うと、ワシは反社会性パーソナリティ障害の者に会ったことがない。基本的に、捕まって初めてこの障害が発覚する場合が多いし、その後の治療は塀の中で行われることになるからな。司法・矯正関係の施設で働いたことがないワシはまず滅多にお目にかかれないわけだ。そして、治療がうまくいけばシャバに出てきたときは、問題行動は収まっているだろうし、治療の効果がなければ、また犯罪を繰り返して塀の中に帰っていく。運がよければ、その短い間に会えるかもしれんのだが、ワシはあんまり運が良い方でもなくてな。

この障害がどんなもんか簡単に言うと、良心の呵責が欠如していて、人を騙し、乱暴で無責任で、反省しないから何度も悪事を繰り返すって感じだな。そう聞くと、「悪い奴だ」と当然思うわな。けどな、その核心部分は、おそらく「やっちゃいけないことだと知ると、どうしてもやらざるを得なくなってしまう」病理なんだろうと思うよ。自分じゃ抑えられないんだろうさ。悪事を意図的に働くと言えば確かにその通りかもしれんが、自分の中のブレーキが壊れてんだろう。それは本人が望んで壊したもんじゃないはずだ。ワシはな、そんな風に理解してやりたいと思っているよ。

つまり、法律を破ったり、人の権利を侵害したりということをやめさせることだけを解決とするのではなくて、そういう一線を踏み越えたい気持ちを抑えられないというパーソナリティをなんとかせにゃならんと思うわけだ。まぁ、会ってみないことにはあんまり大層なことは言えんがな。

また、反社会性パーソナリティ障害に関連して、DBDマーチという概念が示されることがあるんだが、これは理解の仕方に気をつけておいたほうがいいな。DBDとはDisruptive Behavior Disorderの略で、破壊的行動障害のことで、マーチは行進という意味だな。この破壊的行動障害というカテゴリの中には、注意欠如多動性障害(ADHD)、反抗挑戦性障害、素行障害が含まれるんだが、この3つの順に、ADHDの子どもは成長とともに反社会性パーソナリティ障害に移行していってしまう可能性があるということを示唆した概念で、それを行進に例えたわけだ。しかし、これが結構問題になっていてなぁ。それはあたかも、ADHDの子どもの一部が“避けがたく”反社会性パーソナリティ障害に至っていくというニュアンスで広まってしまっているからなんだ。想像してみろ、そんなことを言われた日にゃ、ADHDの子どもの親は一体どんな恐怖を抱えていかなきゃならんことか。また、発達障害を支援している人々だって、そんな希望の無いことを受け入れられはしないだろう。ということで結構非難されている概念だけどな、知っておく分に損はないはずだ。ワシ個人の考えとしては、この概念を極めて強く批判する者たちは、反社会性パーソナリティ障害をちゃんと理解しておらず、単に「犯罪者」くらいにしか思ってないんじゃないだろうかと思っているよ。発達障害もパーソナリティ障害も治療対象の病理だろ、そこに価値判断を含めちゃいかん。そこんとこをよく考えておきたいもんだな。
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